第4回 心の高齢化を防ぐキーファクター
定年後研究所「シニア活躍推進研究会」でご登壇いただき、ご好評をいただいた早稲田大学大学院経営管理研究科教授 竹内規彦氏より「シニア人材の積極活用に向けた視点」を語っていただいています。今回は4回目(最終回)です。
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各回タイトル
第1回 「シニアの仕事エンゲイジメントが低い」は本当か?
第2回 シニアになっても衰えない能力はある
第3回 エイジ・ダイバーシティの本質を探る
第4回 心の高齢化を防ぐキーファクター
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1.心の高齢化とは?
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という映画をご存じの方は多いでしょう。1985年にアメリカで公開され、その後世界中で大ヒットしたSF映画です。あまりに有名な映画なので内容は割愛しますが、「未来へ戻る」という逆説的な表現のタイトルに興味をそそられた人たちが多かったことでしょう。なぜなら、時間は不可逆であり、先に進むことはあっても戻ることはできないからです。
このことは、人が生まれてから経験する時間、つまり「年齢」においても同じです。年齢は暦が進むにつれ、一時も止まることなく上昇します。したがって、暦年齢が「バック」することは、現実の世界では残念ながら起こりません。
しかし、人の内面である「心の年齢」はどうでしょうか。心の年齢とは、本人の知覚や主観に基づく「心理的年齢」のことです。確かに、暦上の実年齢(How old you “are”.)に対して、私たちは逆らうことができませんが、この心理的年齢(How old you “feel”.)は、調整する余地が十分にありそうです。つまり、「エイジング・トゥ・ヤング」という逆説(パラドックス)は、心理的年齢に限って言えば、必ずしも不可能ではないでしょう。
2.心の高齢化がもたらす内面の変化
スタンフォード大学ロンジェビティー研究所教授のローラ・カールステンセンが提起した「社会情動的選択性理論」(socio-emotional selectivity theory)とその後の実証研究による裏づけから、心の高齢化により以下のような変化が起こることがわかっています。まず、加齢に伴い個人の関心事は、自身に関連する「リソース・ゲイン(資源獲得)の最大化」から「リソース・ロス(資源損失)の最小化」へとシフトします。
なかでも、若年では、個人の行動は「情報探索」や「知識獲得」により動機づけられる一方、一定の年齢を経ると、個人の行動は「感情調整」により動機づけられるようになります。つまり、若いうちは、「新たな情報や知識を得るには何をすべきか」を意識して行動しますが、年をとるにつれ、新たな経験よりも「自身の感情を安定させるためには何が必要か」を優先して行動するようになるのです。
更に、個人の対人ネットワークの大きさにも変化をもたらします。すなわち、新鮮な情報や知識の獲得に強く動機づけられる若い時期は、より多くの人々、今まで知り合ったことのない人々と交流し、新たな情報や知識の獲得に役立てる傾向がみられます。一方で、加齢に伴い、自身の感情の安定や心の平穏をより強く求めるようになると、配偶者や家族、親友や近しい同僚など、過去に関係を築いてきた人たちとの継続的かつ安定した交流をし、自身の情緒面での安定を優先するようになります。
3.心の高齢化はいつから?
暦年齢とは異なり、心の高齢化には個人差があります。とはいうものの、心の高齢化が見られるおおよその時期があることも、過去の研究で明らかになっています。
ハイデルベルク大学老年心理学部教授のコーネリア・ヴルツらは、対人ネットワークと年齢の関係に関するメタ分析を行い、個人の対人ネットワークの大きさは30歳まで広がるものの、それ以降は徐々に小さくなる傾向にあることを報告しています。
興味深いことに、この研究以外にも、上述のような内面変化について、「30歳」が一つのターニングポイントであることを示唆する研究が数多くみられ、筆者らによる日本人サンプルの研究でも確認しています。
したがって、早い人では、30歳前後から、新たな知識獲得を通じた自己成長にブレーキをかけてしまい、対人関係の幅も限定的になりがちという状況が起こり始めます。そのため、個人の人生の中で、心の高齢化のターニングポイントをいかに後ろ倒しにできるか、また、変化のスピードをいかに遅らせられるかが重要だといえるでしょう。
4.心の高齢化を予防する職業的未来展望
では、心理的年齢は何によって決まるのでしょうか。重要な指標として注目されているのが、「未来展望」(future time perspective)という概念です。未来展望とは、人生の中でこれから先にどの程度、時間や機会があるかに関する自己の主観的な評価を指します。すなわち、同い年の間でも、まだまだ人生は長い、チャンスはあると知覚する人もいれば、残された人生の時間やチャンスは非常に限られていると認知する人もいます。
更に、この概念を職業生活に応用したものを「職業的未来展望」といいます。自身の職業生活はこれからも続き、まだまだ仕事や社会で活躍できる機会が待ち受けているという知覚です。ここで、職業的未来展望の効果に関するデータを紹介しましょう。


図1、図2は、筆者の研究グループが実施した調査をもとに、各年代別で職業的未来展望の上位20%と下位20%、及びその中間の層のそれぞれのグループにおいて、ワーク・エンゲイジメントとイノベーション関連行動(新たなアイデアの提案、活用、普及にどの程度関与しているか)にどのような差があるかを示したものです。いずれも、縦軸のスコアは100が最高値です。
図1、図2から、全年齢層において、職業的未来展望が高いグループでは、ワーク・エンゲイジメント及びイノベーション関連行動ともに安定して高い水準に推移している一方、低いグループではどの年齢区分でもエンゲイジメント・イノベーションともにスコアが低いことがわかります。すなわち、仕事場面で心を若く保つ秘訣は、この「職業的未来展望」をいかに高く保つことができるかだといえるでしょう。
5.「1人ひとりが活躍できる機会の創出」が鍵
以上からわかるように、心の高齢化を防ぐキーワードは「1人ひとりが活躍できる機会の創出」であるといえます。本連載の初回で示したように、シニアのワーク・エンゲイジメントは、個人差こそあれ、決して低い水準にあるわけではありません(むしろ他の年齢層よりも高い水準を示していました)。また、連載2回目の記事でも示したとおり、シニアになっても言語理解の知的領域は衰えず、更にマルチタスクの実行力も高い水準を維持しています。なにより、長年培ってきた経験や人脈などの可視化できない重要な知をシニアは備えています。
企業に叡智が求められるのは、単に定年年齢を延長するという物理的時間だけではなく、シニアの活躍のための機会を創造し、全従業員に活躍のイメージを見せることでしょう。つまり、残りの職業人生で、まだまだ活躍できるチャンスがあるという認識をシニア予備軍のみならず、全従業員にもってもらうことです。これが従業員の心の高齢化を予防する上で、最も留意しなければならない点でしょう。
【参考文献】
竹内規彦. (2019). シニアの 「心の高齢化」 をいかに防ぐか:心理学と経営学の知見を活かす. DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, 4, 72-83.
【筆者プロフィール】
名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了。博士(学術)学位取得。専門は組織行動論及び人材マネジメント論。東京理科大学准教授、青山学院大学准教授等を経て、2012 年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭をとる。2017年4月より現職。2022年より京都大学経営管理大学院にて客員教授を兼務。
現在、Asia Pacific Journal of Management (Web of Science IF = 5.4; Springer Nature) 副編集長 (2019-)、 欧州Evidence-based HRM誌 (Web of Science IF = 1.6; Emerald Group Publishing) 編集顧問。
これまでに、Association of Japanese Business Studies(米国)会長、経営行動科学学会会長、産業・組織心理学会理事、組織学会評議員、『経営行動科学』副編集委員長 、國立成功大學(台湾)客員教授、京都大学・学習院大学 客員研究員等を歴任。組織診断用サーベイツールの開発及び企業での講演・研修等多数。
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