自律的学びのすゝめ

本号では、前回に引き続き7月の星和Career Nextへのご登壇が決まった慶應義塾大学SFC研究所上席所員の高橋俊介氏から、どうして日本では社会人の学びが受け身なのか、主体的な学びを実践するためには何を変えていけばいいのかについてお話しいただきます。

◆学び直しはリスク!?
 変化の激しい時代では、これまでと同じ仕事であっても求められるスキルが大きく変わります。これに対応するためには自身の価値を高める自律的な学びが必要となりますが、日本では、この自律的に学ぶという考えが遅れています。事実、学校を卒業して、働きだした後に大学や大学院に戻って学び直す人は、欧米や他のアジア諸国と比べても比較にならないほど少ないのです。

 欧米では、40歳・50歳になっても自己投資をし、学位を取ればその道の専門家としてそれまでのキャリアを上書きすることができます。例えば、ある会社でアシスタントとして働いていた人が一念発起してハーバード・ビジネス・スクールで学位を取ったとしましょう。 

 すると欧米では、その人は知識とそれを裏付ける学位を持ったビジネスのプロフェッショナルとして活躍する機会が与えられるのです。 

 しかし、日本では、最初に就職した時点での経歴(学歴)が重要視される傾向があります。

 日本には、自己投資の成果を社会的に認める風潮があまりない。だから積極的に自己投資をする人が少なくなるわけです。

 自己投資は、キャリアを見つめ直す意味でも、これからを考える意味でも大切なことだと思います。アメリカでは、一流のスポーツ選手が引退後に再び勉強して医者や弁護士として活躍する例も数多くあります。老若男女問わず、どんどん専門家が創出されているのです。

 日本では、社会に出たときにある程度固定されてしまう。新しいチャレンジをして、学び直すということを社会的に認めて支援していかないと、現在のような変化の激しい時代では、個人だけでなく組織も生き残りが難しくなるかもしれません。だからと言って、今すぐに会社を辞めて大学に行けと言っているわけではありません。今は、いろんな学び方があって、働きながら学ぶことも昔ほど難しくありません。ですから、いろんな機会を活用して学びを進めるべきだと考えるのです。

◆現場教育の限界
 これまで多くの企業において、体系的、そして理論的な教育が軽視され、実務経験に偏重した指導が行われてきたように感じています。しかし、実務経験だけを積み上げていても、変化に柔軟な対応ができる能力を身に付けることはできません。長い期間ひとつの仕事だけをやってきて、世の中が変わったとき、仕事のスタイルが変化してしまったら、何の役にも立たないということになりかねません。その仕事の背景にある理論的・体系的・専門的な知見は、実務経験や上司先輩からの伝承だけでは決して学び取ることができないのです。

 会社の指示通りの職務経験をして、異動時には取り急ぎ実務書を読み、本でカバーできない部分は、上司先輩からの伝承に頼る。もうその程度の専門性では、複雑でどんどん変化していく世界で互角に渡り合える時代ではないのです。

◆3つの無限定性
 変化の時代には、正解がない事柄に素早く対応していかなければなりません。こういう時代には、各々が知見を持ち寄って、自論を展開できる環境をつくり上げる必要があります。

 自論には正解はありません。正解のないものを評価するとき日本では常に、客観的な評価をどう担保するのかということが問題視されます。しかし、正解のない自論形成能力は客観的に測ることができません。例えば、TOEICで高い得点を取っても現場では役に立たないことがある。コミュニケーションツールであるはずの英語の能力を客観的に裏付けるため、試験にスピーキングがないからです。

 何故日本ではこんなに客観的な評価が求められるのかといえば、自由度がないからです。
日本の組織モデルは「3つの無限定性」で形づくられています。
(1)何時まででも働きます。
(2)何処にでも転勤します。
(3)どんな仕事でもします。

 会社が「時間」と「場所」と「仕事の内容」に関する裁量を限定なしで発揮できる日本の働き方は、世界でも本当に珍しい形です。このことを労働者側から見れば、自分のキャリアはすべて会社に任せて生きてきたということに他なりません。会社からの指示通りに、築き上げたキャリアだから、「ちゃんと評価してください」ということになりますね。

 例えば儲かっている部門と赤字部門では、ボーナスに大きな差が出る仕組みを入れたとします。そうすると、「好きでここにいるわけじゃない! 部門・部署でボーナスに差が出るなんて不公平だ!」ということになります。

 しかし、社内公募でどんどん異動ができるような自由度をあたえると、話は変わってきます。

 日本では、この「3つの無限定性」を手放すと、経営ができなくなると考える経営者が多いのでしょう。しかし、世界の経営者はそれをやってきているのです。
「3つの無限定性」を堅持するためのコスト、例えば受け身社員の「雇用保障」であったり、「公平性の担保」であったり……、有形無形のコストはすごく大きいです。

 ですから、経営者は「皆さんの人生は、皆さん自身のものですよ」と言い切らないと、組織は変化の時代に対応しきれません。支配に対する責任が負いきれないのに支配を続けることはフェアではありません。

 こういう時代に求められるのは個人個人が自論を持つことです。その自論で周囲と議論し合うことで、自身のヌケやモレに気づき、自身の現在位置を感じることで学びが進んでいくのです。会社は、社員が自論をぶつけ合うことができる環境をつくっていくべきでしょう。

◆学びの意味と楽しさを知る
 日本人は丸暗記の勉強をしてきました。これが原因で、勉強が面白くなくなったり、苦しく辛いものになっている人が多いのです。そのような記憶があるから、社会人になって再び学び直そうという気にもならない。

 例えば、数学の話をすると、日本の学力はOECD加盟国の中で、いまだにトップクラスです。しかし、「数学が好きですか?」「数学の勉強にどんな意味があるのか理解していますか?」という質問に対するスコアは、諸外国と比べとても低い。

 日本人の勉強は、意味も分からないし、面白いとも思わないものをひたすら頑張ることなのです。こんな悲しい勉強の仕方はないですよ。もう一度勉強しろと言われても、「勘弁してくれ」という気持ちになる。だから、学びに対する主体性も生まれません。勉強の意味や面白さを知ることが大切なのです。

 仕事でも同じですよね。その仕事の背景や、意味を考えながらすすめることで、面白みが出てくる。面白味が出てくれば仕事を通じての学びも、その先にある、理論的・体系的で専門的な学習にもいい影響をもたらすことになります。

 ご自身のお仕事が、職場や顧客にどんなメリットをもたらすのか、そのメリットを提供し続け・最大化するためには何が足りないのか、足りないものを補うために何をどう学ぶのかを考えてみてください。

【筆者略歴】
高橋俊介(たかはし・しゅんすけ)

慶應義塾大学SFC研究所 上席所員
1978年東京大学工学部航空工学科を卒業し日本国有鉄道に入社。
1984年米国プリンストン大学工学部修士課程を修了し、マッキンゼーアンドカンパニ-東京事務所に入社。
1989年世界有数の人事組織コンサルティング会社である米国のワイアットカンパニーの日本法人ワイアット株式会社(現ウイリスタワーズワトソン)に入社。
1993年に同社代表取締役社長に就任。
1997年7月社長を退任。個人事務所ピープル ファクター コンサルティングを通じて、コンサルティング活動や講演活動、人材育成支援などを行う。
2000年5月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任。個人事務所による活動に加えて、藤沢キャンパスのキャリアリソースラボラトリーを拠点とした個人主導のキャリア開発や組織の人材育成についての研究に従事。
2011年11月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。
2022年4月より現職。

[主な著書]
『ホワイト企業 サービス業化する日本の人材育成戦略』PHP研究所(2021年12月)
『キャリアをつくる独学力 プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント』 東洋経済新報社(2022年8月)
ほか多数

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