第1回 前頭葉が衰える前に準備をする必要性


 今回は、テレビ、ラジオほか、様々なメディアでアドバイザーやコメンテーターとしてもご活躍の和田秀樹氏(「和田秀樹こころと体のクリニック」院長)に「長寿時代への中高年からの備え」をテーマとして4回にわたってお話しいただきます。

 第1回は、「前頭葉が衰える前に準備をする必要性」と題して、40代・50代から「脳(前頭葉)」を上手に使って脳の機能低下を防ぐことの重要性についてお届けします。 



 高齢者を専門とする精神科医となってから34年、アンチエイジングを行うクリニックを趣味と実益をかねて開業してから12年になるが、そういう私にとってコロナ禍はいろいろと意味深いものであった。

 2年にわたる自粛生活で、老け込む人、足腰が衰える人、認知機能が低下する人が、大量に出現した。
 私の患者さんでも、感染を恐れて外に出るのを怖がり、薬を家族が取りにくるというケースが少なくないのだが、家族に話を聞いてみるとすっかり歩けなくなった、認知症が進んでしまったなどという話をよく聞く。

 実は、高齢者の在宅医療など、多くの高齢者を診ておられる医師の方からは同じような話を聞くことが多い。私の長年の高齢者臨床の実感では、高齢者だからと言って、一様に歩行機能や認知機能が衰えるわけではないが、かなり壮健な高齢者でも、使わなかったときの衰えは激しい。

 若い頃であれば、スキーで骨を折って一か月くらい寝込んでしまっても骨がつながり、歩いてよくなった翌日からほぼ普通のレベルで歩けるものだが、高齢者の場合、風邪をこじらせて寝込んでしまうとリハビリをしないと歩けなくなってしまう。
あるいは、入院して天井を眺めるような生活を一か月も続けているとボケたようになってしまう。

 そういうことを前前から感じていたのだが、皮肉にもコロナ禍でそれが実証された気がする。
実際のところ、歩かないと歩けなくなるし、頭を使わないとボケたようになってしまうことは高齢者自身が実感しているようだが、わかっていても意欲が低下しているため、やらないということが意外に多い。

 この意欲低下に大いに関与しているのが前頭葉の老化である。
脳の画像(MRIやCT)で見る限り、脳の前頭葉の部分は40代くらいからじわじわと委縮してくる。
その頃から意欲低下(少なくとも若い頃と比べて)が始まる人が少なくないのは、おそらくは「前頭葉の委縮=機能低下」と関連しているのだろう。

 実は、この前頭葉は創造性や新奇なものへの対処能力とも関連している。
以前、定年後起業のコンサルタントの人にこんな話を聞いたことがある。
定年後に、時間ができたからといって起業を一から始めようとしてもたいてい成功しない。
うまくいくのは、40代くらいから準備をしていた人だと。
実際は、40代から脳の萎縮が目に見えるようになるが、50代でもそれほど萎縮しているわけではない。

 おそらくは、この手の準備が早いにこしたことはないのは確かなようだ。
40代で乗り遅れたとしても、50代に始めるほうがいいというのは経験的に感じている。

 これは前頭葉の老化を考えると納得できる話だ。
40代と定年後では、意欲も創造性も全然違う。
40代なら夢を膨らませて、忙しい会社での時間を縫ってでも、起業の準備を進めていける意欲がある。
そして、定年を待って、すぐにスタートできる。
ところが定年後では、その意欲がかなり衰え、ちょっと困難が見えてくると「ま、いいか」とあきらめてしまう。

 また創造性も衰えるので、これをやったら儲かる、うまくいくというプランもなかなか出てこない。これでは成功はおぼつかないだろう。
定年後に仕事でなくても、趣味をもっていないと老け込むのが早いし、時間を持て余すので、趣味を探そうとするのでも、40代から探すのと、定年後に時間ができてから探すのでは、うまくいく確率がだいぶ違うはずだ。

 40代なら、あれこれとチャレンジして、これがダメならあれという風にトライし続けているうちに自分に合った面白い趣味が見つけられることだろう。
定年後は、その趣味をできた時間で思い切り楽しめばいい。
ところが定年後であれば、2,3トライしてダメなら、自分は趣味の余生は向いていないとあきらめがちだ。

 ということで、定年後のさまざまな準備をするなら、前頭葉が衰える前にしておくにこしたことはない。
40代と定年後の中間にある50代の人には定年前に始めようということを自覚してもらえると幸いである。
ただ、前頭葉の老化を防ぐすべがないかというと、私はあると信じている。前頭葉を使えばいいのだ。

 実は、人は意外に前頭葉を日頃使っていない。
読書をしても言語を司る側頭葉を使うだけだし、計算やある程度難しい数学の問題を解いていても頭頂葉しか使っていない。

 昔、前頭葉を切り取るロボトミーという手術があったが、知能指数は一点も落ちなかった。
そのため、それを考案したエガス・モニスという医学者はノーベル賞をもらっている。
前頭葉は、何かを創造するときとか、新奇なものに対応するときに使うとされる。
前頭葉が老化してくると、新奇なものよりルーティンを好むようになる。
行きつけの店にしか行かなくなったり、同じ著者の本ばかり読むというようになるのがサインだ。

 前頭葉を使うということであれば、可能なら小説を書いたり、俳句をひねったりと創造的なことにチャレンジするのが一番だ。
ただ、あまりにハードルが高いので、あえて行ったことのない店にチャレンジしたり、別の著者の本を読んだりすることでも十分だと私は考えている。

 日本人は、大学でもあまり前頭葉を使う教育をしないし、仕事でも上に言われたことができていたらよしという風潮が強い。

 ちょっと前頭葉を使ってみるだけで、ほかの人より前頭葉機能だけは勝つということは難しいことではないのだ。

 まだまだ続く長い人生のためにもぜひチャレンジしてほしい。

【筆者略歴】
和田秀樹(わだ・ひでき)
和田秀樹こころと体のクリニック院長、精神科医。
1960年大阪市生まれ。
1985年東京大学医学部卒業。
1988年に日本に3つしかない高齢者専門の総合病院浴風会病院勤務以来、30年以上にわたって高齢者医療にかかわる。

 教育関連、受験産業、介護問題、時事問題など多岐にわたるフィールドで精力的に活動し、テレビ、ラジオ、雑誌など様々なマスメディアにもアドバイザーやコメンテーターとして出演。

 現在、国際医療福祉大学大学院赤坂心理学科特任教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック(アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化したクリニック)院長などを務める。

【著書】
『40歳から一気に老化する人、しない人 ─足りないものを足す健康法のすすめ』(プレジデント社 2022年)、『「感情の老化」を防ぐ本』(朝日新聞出版 2019年)、『年代別 医学的に正しい生き方─人生の未来予想図』(2018年 講談社)、『五〇歳からの勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2016)他多数。
和田秀樹 著書


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