シニアの熟達とプロアクティビティ
―経験を職場の価値につなげる組織マネジメント―
【第2回】シニアの行動を左右する「こころ」と「仕事」
みなさん、こんにちは。
「シニアの熟達とプロアクティビティ~経験を職場の価値につなげる組織マネジメント~」
について、引き続き、早稲田大学大学院経営管理研究科の竹内規彦教授に語っていただきます。
第2回目は、「シニアの行動を左右する『こころ』と『仕事』」です。
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第2回 シニアの行動を左右する「こころ」と「仕事」
1.「意欲がない」で片づけてよいか
前回は、シニア人材のプロアクティビティについて、キャリア面と仕事面の2つに分けて見てきました。筆者のデータでは、自分のキャリアを先回りして組み直す行動は60歳代で高まる一方、現在の仕事や職場に働きかける先回り行動は、年齢階級が上がるにつれて弱まる傾向が見られました。また、仕事を深く理解し、よりよく遂行しようとする熟達志向は、むしろ年齢とともに高まっていました。
この結果をみると、「経験もあり、仕事を極めようとする意識もあるのに、なぜ自ら動かないのか」と疑問に思う読者もいるでしょう。ともすると、その理由を「本人の意欲の低下」に求めがちです。しかし、同じように先回り行動(プロアクティビティ)が少なく見える場合でも、「自分にはできると思えない」状態と、「動いても新しい学びや貢献につながらない」と感じている状態とでは、背後にある問題は異なります。
2.先回り行動を支える「心理的資本」
少し専門的な話になりますが、前者を考えるうえで重要なのが、「心理的資本(psychological capital)」という概念です。心理的資本は、希望(Hope)、効力感(Efficacy)、粘り強さ(Resilience)、楽観性(Optimism)の四つから構成され、頭文字をとって「HERO」とも呼ばれます。
希望とは、目標に向かうための道筋を描けること、効力感とは、必要な努力をすれば自分はできると感じられることです。また、粘り強さは、困難や失敗に直面しても立て直せること、楽観性は、将来を現実的かつ肯定的に捉えられることを指します。つまり、心理的資本とは、「道筋がある」「自分にはできる」「立て直せる」「将来にも可能性がある」と考えられる、いわば「こころの資本」です。
なお、ここでいう楽観性は、将来に対する心理的な捉え方であり、先を見越して自ら働きかける行動であるプロアクティビティとは別の概念です。単に明るく考えることが、直ちに先回り行動を生むという意味ではありません。
3.キャリア面と仕事面に共通する要因
表1は、筆者が50歳代以降を対象に実施した時系列調査をもとに、キャリア面と仕事面の先回り行動(プロアクティビティ)に関係する要因を示したものです。数値は、最終的な分析モデルにおける標準化係数β(ベータ)です。標準化係数は、同じモデルに含まれる要因の中で、関連の方向と相対的な強さを見るための指標です。
キャリア面のプロアクティビティに対しては、心理的資本が+0.38、考え方の柔軟さが+0.27、仕事の停滞感が-0.08という結果でした。一方、仕事面のプロアクティビティに対しては、心理的資本が+0.15、仕事配分の工夫が+0.12、仕事の停滞感が-0.15でした。

ここから、2つの点が読み取れます。第1に、心理的資本は、キャリア面と仕事面の双方に共通して正の関連を持っています。特に、自分のキャリアを組み直す行動では、心理的資本との関連が相対的に大きくなっています。第2に、仕事の停滞感は、双方の先回り行動に共通して負の関連を持っています。なかでも仕事面では、心理的資本と仕事の停滞感の係数が、絶対値で同じ大きさを示しています。仕事面のプロアクティビティは、本人の心理状態だけではなく、仕事そのもののあり方とも深く関係しているようです。
4.「仕事の停滞感」とは何か
では、仕事の停滞感とは何でしょうか。これは、単に仕事が少ない、あるいは忙しくないということではありません。同じ経験が長く続くほど、仕事に慣れる一方で、新しい学びや貢献の方向が見えにくくなることがあります。
具体的には、新しい学びが少ない、仕事の広がりが見えない、周囲への貢献の手応えが弱い、といった状態です。反対に、これまでの経験を使う場面がある、一定の判断を任される、周囲に役立っている実感がある場合には、仕事の停滞感は低くなります。したがって、経験年数が長いことと、仕事が停滞していることは同じではありません。大事なのは、経験を使いながら、なお学びや貢献の余地を感じられるかどうかです。
もちろん、表1の係数だけから、心理的資本を高めればプロアクティビティが必ず高まる、あるいは停滞感を下げれば必ず行動が変わる、と因果的に結論づけることはできません。とはいえ、シニアのプロアクティビティ、すなわち先回り行動を本人の意欲だけで説明するのは、やはり十分ではないでしょう。
以上のことから、シニア社員の行動が弱まって見えるときには、少なくとも2つの点を分けて確認する必要があります。1つは、本人が「自分にはできる」「別の道筋もある」と感じられているか。もう1つは、現在の仕事に新しい学び、判断、貢献の余地があるかです。「もっと主体的に行動してほしい」と求める前に、本人の心理的資本と、仕事がもたらす停滞感の双方に目を向ける必要があります。
次回は、心理的資本や仕事の停滞感を左右する、職場と上司の関わり方について見ていきたいと思います。
早稲田大学 大学院経営管理研究科
教授 竹内 規彦
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