ミドルシニアの羅針盤レター2024#20
  ミドルシニアの羅針盤レター 2024#20


中高年社員のジョブ・クラフティング ―その意義と組織的な支援―(第4回)

 2024年11月の定年後研究所主催シニア活躍推進研究会で講演、ご好評をいただいた、高尾義明氏(東京都立大学大学院経営学研究科教授)より4回にわたり語っていただいています。今回は4回目(最終回)です。

 前回は、ワーク・エンゲージメントを高める効果を持つジョブ・クラフティングの実践を始めるための手がかりを説明しました。最終回である今回は、現場のマネジャーや組織がそうしたポジティブな効果をもたらすジョブ・クラフティングの実践をどのように支援したり後押ししたりできるかを取り上げます。

 これまでも述べてきたように、ジョブ・クラフティングは働く人たち一人ひとりが自発的に実践することです。そうした自発的な実践を上司などが支援するというのは、ちょっとしたパラドックスのように感じられるかもしれません。しかし、これまでの研究では他者からのサポートがジョブ・クラフティングを促進する効果を持つことが明らかになっています。前回取り上げた、「自分はジョブ・クラフティングを通じて仕事を変えることができる」というジョブ・クラフティング・マインドセットが十分に高まっていない場合には、周りからのサポートや刺激がとりわけ効果を持つといえるでしょう。

 経験豊富な中高年社員だからといって、高いジョブ・クラフティング・マインドセットを持っているとは限りません。むしろ中高年社員の方が、自らのひと匙(さじ)を活かせるように仕事を変えていくという考え方が定着するまでに、若年社員や中堅社員よりも時間がかかることもありうるでしょう。したがって、年齢層にかかわりなく支援をする必要があります。

 ジョブ・クラフティングの支援は、現場のマネジャーを中心とした直接的支援と、組織全体での間接的支援に分類できます。もっとも、現場のマネジャーによる支援も、ジョブ・クラフティングを実践しやすい環境を整えることが中心になります。

 メンバーそれぞれの自分のひと匙を入れたいという思いを大事にする職場風土がジョブ・クラフティング実践のサポートにつながりますが、そうした風土を培うカギはマネジャーの姿勢にあります。マネジャーが、個人の自発性に基づく実践がワーク・エンゲージメント向上を通じて長期的な成果に結実するという信念を持ち、ジョブ・クラフティングの促進を支援する姿勢を示すことが求められます。さらに、マネジャー自身も率先垂範して自分のひと匙を入れようとしているかどうかもそうした風土の定着を左右します。

 こうしたマネジャー主導の風土づくりは、最近、注目されている心理的安全性の醸成と類似しています。心理的安全性とは、自分が無知である、無能であると見なされるのではないかという対人的不安を感じずに率直に自分の意見を言えたり、質問できたりする職場風土のことです。なお、心理的安全性もジョブ・クラフティングを促進する効果を持つことが研究で明らかになっています。

 業務の自律性を高める(自由裁量の余地を広げる)ことも、ジョブ・クラフティングの促進に向けて現場のマネジャーが取れる打ち手です。自由裁量が大きいと、自分なりの工夫ができる余地を見つけやすくなり、業務クラフティングが行いやすくなります。能力や意欲に応じて任せる範囲を広げれば、その範囲の中で、前回挙げたようなささやかなジョブ・クラフティングを始めやすくなります。逆にいえば、逐一細かな指示を与えようとするマイクロ・マネジメントのもとでは、ジョブ・クラフティングの芽はしぼんでいきます。

 次に、組織や人事部などによる間接的な支援を取り上げます。経営層や人事部が現場での実践に対して直接的に働きかけることは難しいですが、バックアップすることは可能です。大きく二つの後押しが考えられます。一つは、現場の要であるマネジャーのサポートです。具体的には、ジョブ・クラフティングに挑戦しやすい職場づくりをしているマネジャーがより評価されるような制度や仕組みを取り入れることです。

 もう一つは、ジョブ・クラフティングに必要な自主性を推奨する仕組みづくりです。たとえば、ある企業では従業員自らの意志でさまざまな活動に参加できる「手挙げ」の仕組みが経営者のイニシアチブで推進され、人材開発方針にも明記されています。また、従業員一人ひとりの人生の意義や働く意義を尊重することで、自律的・主体的な行動を促す「MYパーパス」の取り組みなども挙げられます。これらの取り組みでは、従業員を均一に捉えるのではなく、一人ひとりが個々の思いを持ち、それを実現しようとすることが重視されており、そうした狙いが組織文化として定着すればおのずとジョブ・クラフティングの実践の促進につながるでしょう。

 これまでに述べてきた内容は基本的にはすべての年齢層の従業員に当てはまりますが、ジョブ・クラフティングの実践はとりわけ中高年社員において意義が見出せるように思われます。第2回でポストオフ直後の混乱について言及したように、これまでとは異なるキャリア・シフトや仕事との関わりの変化に戸惑いを感じたり、行き詰まり感を覚えたりしている中高年社員が少なくないからです。そうした中高年社員がジョブ・クラフティングという考え方を知り、それを実践して働きがいを改めて実感することで、これからの活躍の機会を見つけていけるのではないでしょうか。

【筆者プロフィール】

 高尾 義明(たかお よしあき)
東京都立大学大学院経営学研究科教授
京都大学教育学部教育社会学科卒業後、大手素材系企業での4年間の勤務を経て、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。2つの私立大学での勤務を経て2007年4月より東京都立大学(旧名称:首都大学東京)大学院准教授。2009年4月より同教授(現在に至る)。専門は経営組織論・組織行動論。最近の著作に、『50代からの幸せな働き方:働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』 (ダイヤモンド社、2024年)、『ジョブ・クラフティング:仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』(共編著、白桃書房、2023年)、『組織論の名著30』(ちくま新書、2024年)など。


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