第2回 シニアになっても衰えない能力はある
定年後研究所「シニア活躍推進研究会」でご登壇いただき、ご好評をいただいた早稲田大学大学院経営管理研究科教授 竹内規彦氏より「シニア人材の積極活用に向けた視点」を語っていただいています。今回は2回目です。
|
各回タイトル
第1回 「シニアの仕事エンゲイジメントが低い」は本当か?
第2回 シニアになっても衰えない能力はある
第3回 エイジ・ダイバーシティの本質を探る
第4回 心の高齢化を防ぐキーファクター
|
1.知能検査からみた加齢の能力(知能)への影響
前回は、加齢とモチベーション、特に仕事へのエンゲイジメントとの関係について、筆者のデータをもとにその実態を示しました。具体的には、加齢に伴い仕事エンゲイジメントは低下するどころか、むしろ高まる傾向にあり、特に55歳以上で大きく上昇していることを紹介しました。今回は、加齢と能力(知能)や仕事のパフォーマンスとの関係を見ていきたいと思います。
あくまで一般論としてですが、中高年以降、加齢に伴い知能はおおむね低下していく、という見方を持っている読者は少なくないと思います。この点について、知能と年齢の関係を長年研究しているアラン・カウフマン(イェール大学小児研究センター元教授)らの研究成果をもとに見ていきましょう。
知能検査の世界標準として知られる「ウェクスラー成人知能検査」の第四版(WAIS-IV)では、4つの知能領域と加齢の関係について報告をしています。図1では、25歳の時の知能水準を100とした場合、それぞれの知能が加齢に伴いどのように変化するのかを示しています。この図から、「言語理解」と「ワーキングメモリ」は、加齢による影響を受けにくいことがわかります。
言語理解とは、蓄積された経験・知識を活用したり、言葉によって物事を説明したり考えたりする能力を指します。この言語理解の知能は、25歳を超えてから40代後半辺りまで伸び続けます。その後低下には転じますが、その落ち方は非常に緩やかであり、個人差はもちろんありますが、80歳でも25歳の時とほぼ同水準の言語理解力を維持しています。
また、ワーキングメモリとは、情報の一時的な記憶と処理を同時に行うような一時的記憶力や二重課題の遂行力を指します。暗黙の裡に、シニアは「マルチ・タスク」は苦手と考えがちですが、必ずしもそうではないのです。
一方で、図1より、「知覚推理」(視覚的な情報処理や新たな環境適応)と「処理速度」(情報処理のスピードや筆記能力)は、加齢に伴い低下しやすい能力であることがわかります。このように、シニアの知的能力は、必ずしも一様に低下しているわけではなく、むしろ言語理解は、高い水準を維持しているのです。個人差はあるものの、職場での指導的な役割や社内外のステークホルダーに説明が求められる場面などで活躍できる可能性は十分にあります。加えて、記憶と処理を同時並行してこなすワーキングメモリも決して低くはありません。こうした特性を活かしたシニアの職務配置や仕事のアサインメントは有効だと考えられます。
2.シニアの仕事のパフォーマンスは低い?
従業員のパフォーマンスをどのように捉えるかは、職種や部門、業種などの違いにより一様ではないため、その測定は必ずしも容易ではありません。一方で、このような限界はあるものの、より普遍的にパフォーマンスを測定するニーズが存在することも事実です。職種や部門、業種などを横断的に測定する際によく用いられる指標として、(1)タスク・パフォーマンス(個人にアサインされた日々の業務(タスク)そのものの遂行度合い)、(2)チーム・パフォーマンス(職場などにおける他のチームメンバーとうまく協力して仕事を遂行する度合い)、(3)組織パフォーマンス(職場よりも更に上位のレイヤーである「会社全体」にとって必要なことは何かを考え行動する度合い)の3つがあります。
図2は、上記3つのパフォーマンス水準に関する直属の上司から見た評価結果を、部下の年齢階級に沿って図示したものです。つまり、ここでの回答スコアの数値は、従業員本人の自己申告によるパフォーマンスではなく、多くの企業で行われている人事評価(一次評定:直属上司による部下のパフォーマンス評価)の結果に近いものとなります。
図2より、3つのパフォーマンス指標のうち、日々の業務そのものの遂行度合いに関するタスク・パフォーマンスは30代以降、ほぼ同水準で推移しており、シニア層でも必ずしも低くないことがわかります。一方で、55歳以降でやや落ち込みが大きいのは、他のメンバーとの協働と関連するチーム・パフォーマンスであることがわかります。とはいえ、数値としてはそれほど大きな差ではなく、全般的にみて、加齢に伴うパフォーマンスの低下はそれほど顕著なものではありません。少なくとも、与えられた業務(役割)をしっかりとこなす能力は、シニアでも高いことがわかります。
以上のことから、本人のニーズや能力面で個人差はあるものの、シニア社員に対して、(1)言語理解の知的領域を活かせる業務アサインメントや職務配置を検討する、(2)本人がやりがいを感じるマルチ・タスクが何かを把握しその業務割り当てを検討する、そして(3)シニアの業務役割を明確にする、などは、シニアの能力的な特性に合致した対応と言えそうです。
【参考文献】
Lichtenberger, E. O., & Kaufman, A. S. (2009). Essentials of WAIS-IV assessment. Wiley.
【筆者プロフィール】
名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了。博士(学術)学位取得。専門は組織行動論及び人材マネジメント論。東京理科大学准教授、青山学院大学准教授等を経て、2012 年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭をとる。2017年4月より現職。2022年より京都大学経営管理大学院にて客員教授を兼務。
現在、Asia Pacific Journal of Management (Web of Science IF = 5.4; Springer Nature) 副編集長 (2019-)、 欧州Evidence-based HRM誌 (Web of Science IF = 1.6; Emerald Group Publishing) 編集顧問。
これまでに、Association of Japanese Business Studies(米国)会長、経営行動科学学会会長、産業・組織心理学会理事、組織学会評議員、『経営行動科学』副編集委員長 、國立成功大學(台湾)客員教授、京都大学・学習院大学 客員研究員等を歴任。組織診断用サーベイツールの開発及び企業での講演・研修等多数。
|
当メールマガジンは一般社団法人定年後研究所が総合監修し、配信運営は株式会社星和ビジネスリンクが行っております。
|