第1回 「シニアの仕事エンゲイジメントが低い」は本当か?
本号からは、早稲田大学大学院経営管理研究科教授 竹内規彦氏より4回にわたり語っていただきます。定年後研究所「シニア活躍推進研究会」でご登壇いただき、ご好評をいただいた竹内氏の「シニア人材の積極活用に向けた視点」をご紹介いたします。
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各回タイトル
第1回 「シニアの仕事エンゲイジメントが低い」は本当か?
第2回 シニアになっても衰えない能力はある
第3回 エイジ・ダイバーシティの本質を探る
第4回 心の高齢化を防ぐキーファクター
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1.高齢化の現状とシニア活用の課題認識
今日、日本企業では、シニア人材の積極的な活用が求められるようになってきました。日本では、少子化に伴う人口減少が今後加速し、2030年代後半には、3人に1人が65歳以上という時代が到来します。一方で、従来働き手の中心であった15歳から65歳未満までの生産年齢人口は減少しており、2035年には50%台半ばまで落ち込みます(総務省統計局, 2023)。このような状況を考えると、企業がシニア層を積極的に活用した人材戦略を考える必要性はますます高まってくることが予想されます。
しかしながら、企業においてシニア人材の活用が進んでいるとは必ずしも言えない状況です。特に、シニア人材の積極活用を阻む要因として、シニア人材のモチベーションやエンゲイジメントを懸念する声がよく聞かれます。実際に企業では、シニアの活用にあたっては、蓄積してきた仕事経験や技術の活用を期待する反面、健康面やモチベーションの低下を懸念する企業も少なくありません。日本の大手企業を対象とした最近の調査では、継続雇用対象者の課題として「対象者のモチベーション」を挙げる企業が7割を超え最も多く、人件費(53%)や他の従業員との協働(31%)などの要因を大きく上回っています(Works Human Intelligence, 2023)。
では、シニアの仕事に対するモチベーションは本当に低いのでしょうか? 特に、近年、人的資本経営の可視化に伴い注目されている仕事へのエンゲイジメントを中心にみていきましょう。
2.日本における仕事エンゲイジメント
米国の大手世論調査会社(ギャラップ社)が2017年に発表した職場状況に関する国際比較調査において、日本の社員の仕事意識に関し警鐘を鳴らすような結果を公表しました(Gallup, 2017)。具体的には、日本における「熱意のある」社員の割合はわずか6%に過ぎず、71%が「熱意のない」社員に該当し、更に23%は「全く熱意がない」社員という衝撃的な結果でした。この結果は、調査対象国139カ国中、実に132番目と最下位クラスの位置づけであり、日本のビジネスの世界でもにわかに話題となりました(日本経済新聞, 2017)。
それから数年、ギャラップ社の最新のデータ(Gallup, 2023)においても、状況はほぼ変わっていません。「熱意のある」社員は5%とむしろ若干ですが悪化しています。世界全体での「熱意のある」社員の割合は23%(Gallup, 2023)であることからすると、違いは歴然です。
ただし、このデータから、日本における仕事へのエンゲイジメントが本当に低いと結論付けるのは早計でしょう。というのも、ギャラップ社のエンゲイジメント調査で測定しているのは、仕事や組織への「情緒的」な関わりの側面がほとんどだからです。
少し専門的な話になりますが、一般には「熱意」と邦訳される“engagement”ですが、心理学では、熱意という「情緒的」な側面に加え、「認知的」及び「物理的」な側面を含む用語としてエンゲイジメントは理解されています(Kahn, W. A. 1990)。私は、わかりやすく、エンゲイジメントを「ある対象との情緒的、思考的、行動的な関わりの度合い」と説明しています。つまり、仕事エンゲイジメントとは、(1)仕事を楽しいと感じ熱意を覚え(=情緒的)、(2)仕事のことをよく考え集中し(=思考的)、そして(3)実際に行動として、積極的に仕事に従事している(=行動的)状態のことを指します。
データは割愛しますが、私が実施した調査では、確かにギャラップ社の調査結果と同様に、日本における情緒的なエンゲイジメントは低いのですが、思考的、行動的なエンゲイジメントは比較的高い水準にあります。
3.本当は高いシニアの仕事エンゲイジメント
さて、上述の情緒面、思考面、行動面を含む仕事へのエンゲイジメントは、年齢別でどのような違いがあるのでしょうか。図1は、加齢に伴う仕事・学習関連の態度の推移を表したものです。対象者は、日本の民間企業に勤務する正規社員1,089名です。縦軸は、仕事満足度、仕事へのエンゲイジメント、自律的学習のそれぞれを測定する質問項目に対して、7段階の回答スケールを使って回答いただいた結果をそのまま得点化(最低値=1~最高値=7)した指標であり、横軸は年齢階級を指しています。
図1から、仕事満足度、仕事へのエンゲイジメント、自律的学習は、おおむね年齢階級が上がるにつれ、それぞれ上昇していることがわかります。特に、仕事へのエンゲイジメントは、55歳以上の年齢階級で大きくスコアが増加していることがわかります。この結果には、目を疑う読者も少なからずいると思いますが、筆者が過去に約7,000名の勤労者に行った大規模調査でも同様の結果が表れています(詳しくは、竹内規彦,2019 を参照)。つまり、少なくとも私が実施した複数の大規模調査からは、「シニアの仕事エンゲイジメントが低い」という見方は支持されないどころか、むしろ「シニアは仕事エンゲイジメントが高い」可能性が示唆されています。
もちろん、この結果の解釈には注意が必要です。というのも、この調査での対象者はあくまで正規従業員であり、非正規や一時的な雇用者、また自営業者やフリーランスなどの就業形態の人は含まれていません。また、仕事や職場の環境など、個別的な要因もここでは考慮されていません。
とはいえ、55歳以上でしかも正規に雇用されている人々の仕事へのエンゲイジメント、仕事満足度、自律的な学習意欲が相対的に高い値であることは事実です。ともすると、私たちは、正規従業員として働く機会を得ている(得続けている)シニアの仕事へのエンゲイジメントについて、過小評価しているかもしれません。
次回の連載では、加齢に伴う能力やパフォーマンスの変化についてみていきます。
【参考文献】
Gallup, 2017. State of the Global Workplace. Gallup Press.
Gallup, 2023. 2023年版 ギャラップ職場の従業員意識調査:日本の職場の現状レポート. Gallup Press.
Kahn, W. A. 1990. Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. Academy of Management Journal, 33(4), 692-724.
日本経済新聞,2017. 「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査. 日本経済新聞, 5月26日朝刊.
総務省統計局,2023. 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-. 統計トピックス, 138. Retrieved from https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topi138_summary.pdf
竹内規彦,2019. シニアの 「心の高齢化」 をいかに防ぐか: 心理学と経営学の知見を活かす. DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, 4, 72-83.
Works Human Intelligence. 2023. 高年齢者雇用に関する調査レポート:大手企業の実態と拡大を阻む課題. Retrieved from https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/elder-employment_report
【筆者プロフィール】
名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了。博士(学術)学位取得。専門は組織行動論及び人材マネジメント論。東京理科大学准教授、青山学院大学准教授等を経て、2012 年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭をとる。2017年4月より現職。2022年より京都大学経営管理大学院にて客員教授を兼務。
現在、Asia Pacific Journal of Management (Web of Science IF = 5.4; Springer Nature) 副編集長 (2019-)、 欧州Evidence-based HRM誌 (Web of Science IF = 1.6; Emerald Group Publishing) 編集顧問。
これまでに、Association of Japanese Business Studies(米国)会長、経営行動科学学会会長、産業・組織心理学会理事、組織学会評議員、『経営行動科学』副編集委員長 、國立成功大學(台湾)客員教授、京都大学・学習院大学 客員研究員等を歴任。組織診断用サーベイツールの開発及び企業での講演・研修等多数。
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