ミドルシニアの羅針盤レター
  ミドルシニアの羅針盤レター 2024#3

第3回 シニア社員に取り組んでほしいこと

 学習院大学今野名誉教授の第3回は、シニア社員(企業で働く60歳以上の高齢者)の活躍の場を作るために、シニア社員に求められること、そして、そのために企業が行うべき支援についてお話しいただきます。

キャリア形成の「組織内自営業者化」
 前回は企業のとるべき人事管理を「どのような仕事に配置し、どのように賃金を決めるのか」の視点から説明したが、シニア社員の活躍する働く場を作るためにはシニア社員にも取り組んで欲しいことがある。今回はこの点について考えてみたい。

 まずシニア社員に求められることは、キャリア形成の考え方を変えることである。職業経験のない新人として会社に入り、その後は職業人として成長しながら、上のポジションを目指して働く。多くのシニア社員は、この「昇る」キャリアを目標に働いてきたはずである。

 しかし、60歳以降も働くことになれば、職業人生の最後まで「昇る」キャリアを続けることは難しい。多くのシニア社員が定年を契機に職責を落とし一担当者として働いているように、社員は高齢期のある時点でキャリアの方向を切りかえ、担うべき役割を変えることが必要になる。

 定年がなく働き続ける自営業者は高齢期になると、体力等に合わせて事業内容と働き方を調整しキャリアの方向を変える。シニア社員には、こうした自営業者に似たキャリアを踏むこと、つまりキャリア形成の「組織内自営業者化」をはかることが求められているのである。

しかし、「昇る」キャリアを目標にしてきたシニア社員にとって、この切りかえは苦しい選択である。その時にシニア社員にとって大切なことは「自分を知る」と「自分を変える」である。

人材ニーズを通して「自分を知る」
 シニア社員がキャリアや役割の転換に立ち向かうにあたって重要なことは、雇用とは、労働者にとっては「成果をあげて賃金を得ること」、会社にとっては「成果をあげてもらって賃金を払うこと」であり、その内容は会社の人材ニーズと労働者の働くニーズを擦り合わせて決まる、という雇用の原則に立ち戻ることである。それは、この原則を軽視することが「福祉的雇用」の現状を生んでいるからである。

 ここで想定しているのが定年後も継続して雇用されるシニア社員であるので、改めて雇用のあり方を考え直す必要はないと思われるかもしれない。しかし、シニア社員が経験する役割転換は雇用の内容を見直すことに等しいし、ましてや、多くのシニア社員が経験する再雇用は、定年を契機にした雇用契約の再締結であり「社内中途採用」に等しい。したがって、通常の中途採用がそうであるように、シニア社員がどう働くかは、会社の都合とシニア社員の都合の擦り合わせで決まる。

 そうなるとシニア社員は企業の人材ニーズをみて「何ができるのか」(つまり、社内で自分が、どのような仕事でどの程度売れる存在であるのか)を知り、会社や職場にどう貢献するかを考えることが必要になる。これが「自分を知る」である。

新しい役割に合わせて「自分を変える」
 シニア社員に求められるもう一つは「自分を変える」である。それは、定年を契機に役割が変われば、それに合わせて「働く態度、行動、スキル」を再構築することが求められるからである。それでは、シニア社員に求められる「働く態度、行動、スキル」とは何なのか。それを表したのが図表である。


図表 プラットフォーム能力の捉え方

 もちろん高度な専門能力を持っていることに越したことはないが、それとともに、あるいはそれ以上に重要なことは新しい役割のなかで活躍するための基盤となる能力(「プラットフォーム能力」と呼ぶ)を持つことである。

 健康であること、働く意欲のあることが基本になるが、それに加えて3つの能力が必要である。第一は、過去にとらわれずに、新しい役割に前向きに向き合うことのできる「気持ち切り替え力」である。第二は、新しい役割に合わせて人間関係を構築できる「ヒューマンタッチ力」である。特に一担当者としての役割が求められる多くのシニア社員は、職場の若い同僚と水平的な視点で人間関係を作ることが大切になる。更に、一担当者であれば自分の仕事は自分で行うことになるので、担当者であれば当然持っていなければならないITスキル等のテクニカルスキル(「お一人様仕事遂行力」)を持つことが必要になる。

 これまでシニア社員に求められる「自分を知る」と「自分を変える」を説明してきたが、それに対応することはシニア社員にとって苦しいことである。そこで企業には、それを支援することを求めたい。その有力な施策は、「自分を知る」を踏まえて定年後のキャリアと役割を考え、それを実現するために「自分を変える」を支援するための研修である。これは高齢期のキャリアに新たに踏み出す準備のための研修であるので、準備のための時間を考えると定年直前では遅く、50歳代前半には行いたい研修である。

【筆者プロフィール】
今野 浩一郎氏
 1946年生まれ。1973年東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了。神奈川大学、東京学芸大学を経て学習院大学教授。現在は学習院大学名誉教授、学習院さくらアカデミー長。著書には『マネジメントテキスト―人事管理入門』(日本経済新聞出版社)、『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞出版社)、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)、『同一労働同一賃金を活かす人事管理』(日本経済新聞出版)等がある。

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