ジョブ・クラフティングの機会としてのキャリア研修
~仕事の意味の捉え直し~
中高年層に向けたキャリア研修の必要性について語る木暮淳子氏の連載3回目。最終回となる今回は、「ジョブ・クラフティングの機会としてのキャリア研修~仕事の意味の捉え直し~」をテーマにお話しいただきます。 |
ワーク・エンゲージメントの向上にジョブ・クラフティングが役立つ
従業員のワーク・エンゲージメント向上に、ジョブ・クラフティング(Job Crafting)が役立つという研究が2020年頃から始まっています。しかも、高齢雇用者の活性化に有効であるとの指摘もあります。ジョブ・クラフティングとは、従業員一人ひとりが仕事に対する認知や行動を自ら主体的に修正していく取り組みのことです。例えば、退屈な作業や“やらされ感”のある仕事を“やりがいのあるもの”へと捉え直すこともジョブ・クラフティングの一つと言われています。
こうした仕事の意味の捉え直しは、何かきっかけがなければ個々人が容易にできるものではありません。しかし、自己を内省する機会をつくることによってそれらを導き出すことができます。キャリア研修はその機会としてとても適しているのです。
ジョブ・クラフティングは、心の中に存在する考えを認知することから始まる
私たちが実施している中高年向けキャリア研修では、同じ年代の人が集まり、「今、気がかりになっていること」を出し合うことから始めます。日頃心のどこかでなんとなく気にはなっていても、「まあ、いいか」と見ないように、あるいは考えないようにしてきたことを、この機会に立ち止まって考えるのです。そこでは、子どものことや、家族関係のこと、自身の老後のこと、健康のことなど、実に様々な項目があがってきます。このように考えることも内省の一つなのです。自身の考えを改めて認識し、同世代の人たちと相対化することができるのもキャリア研修の大事な側面です。
また、今の自身を形成しているものや、強み・弱みのほか、仕事上の役割の変化に伴い、これからすべきこと、やりたいことについても考えます。そうすることで、日頃は考える機会がないようなことの中から、これからの人生に大切なことを一つひとつ明らかにしていくことができるのです。
いまの中高年層は、これまで全速力で走ることをよしとされてきたわけですが、私は、もっと立ち止まる時間が必要だと考えています。ジョブ・クラフティングにおいても、まずは立ち止まり、自身の今の心の奥底にある気持ちや考えを明らかにしてみることから始めます。
図1 中高年社員の気がかりを表層化する(例)
□子どもの教育のことが心配だ □子どもが思春期になっていろいろと難しい □子育てが一段落して専業主婦だった妻が働き始めるなど、家族の中で何らかの変化が起きている □親の介護のことが心配だ □以前に比べて、健康に対する関心が増してきた □自分自身の疲労回復が遅くなったと感じる □これから自分ができる仕事のことや出世のことなどについて考えるようになった □老後に漠然とした不安を感じる |
出所:星和ビジネスリンク キャリア羅針盤「ライフキャリアプラン 第1章より」
「仕事の意味」「人生の意味」の捉え直しを促進するキャリア研修
人は50歳にもなると、仕事の仕方や考え方が固定化してしまう人も多く見受けられます。それだけに、研修で変われるものなのか?との疑問も芽生えます。このような中高年社員が「仕事は単調なことの連続である」「昨日も未来もさほどそんなに変わらない」という仕事観をもっていたとしても、それは否定すべきものではありません。大切なポイントは、「なぜ、そのように自分は考えるのか」「本当にそうなのか」を立ち止まり振り返ること。「自分の活動の原動力は何か」であったり、これからの「仕事のあり方」「人生のありよう」をじっくり考えることで、仕事や人生の意味をより柔軟に捉えていく可能性が広がります。
仕事を含めて人生は、偶然が支配することが多いものです。これまで運が良かったこともあれば、悪かったこともあるでしょう。これらのことを、今一度振り返ることによって、あのときの出来事は起こるべくして起きたのだと、偶然を必然に変えていく見方も身についていきます。邂逅(かいこう)というコトバは、偶然にその人に会う、偶然ある出来事に遭遇する、といった意味で使われますが、邂逅によって、大きく人生が変わることもあります。
これまで自分に起きた様々な出来事を振り返り、今の自分を形成しているもの(自己理解)を深めていくのもキャリア研修です。
ジョブ・クラフティングからポジティブ思考を養う
仕事の境界に関する認知等を変えていくジョブ・クラフティングは、止まる、振り返る、ことによって、「切替える力」を養ってくれる機会です。自身がネガティブな考えに覆われていたなら、ほんの少しの勇気を出してプラスの方向への解釈を試してみたり、自身の中で固定化した考え方と向き合ってみてください。そのことが、思い込みの連鎖を断ち切り、視座を拡げてくれます。
誰もが、仕事を通じて発展したいと心の底で思っているのではないでしょうか。良い仕事をしたい、貢献したいと考えているはずです。しかし、思っていたようにはいかないことも多々あります。哲学者であった九鬼周造氏は、「たとえ、自分には価値がないと思っていても、偶然の現在を受け止め、未来に自己を投企すると、思ってもいないような価値を生み出す可能性がある」と述べています。
年齢や性別を問わず、未来という時間軸に向かって価値を生み出し、個々人の力を発揮してもらうために、ジョブ・クラフティングの機会を提供することは有効な手立てとなりえます。特に中高年社員にとっては、ポジティブなワーク・アイデンティティーへの転換につなげることができます。岸田泰則氏(法政大学大学院講師)は、「高齢雇用者のジョブ・クラフティング行動は、組織に対しては現役世代の育成につながり、個人に対しては仕事の満足度の向上や職場の人間関係の安定化に役立つ」と主張しています。学びは知識を詰め込むことではありません。正解探しではなく、考えることを促すことが必要です。これが、ジョブ・クラフティングの真の意味であると考えています。
(参考文献)
・岸田泰則(2019)「高齢雇用者のジョブ・クラフティングの規定要因とその影響 ―修正版グラウンデッド・セオリ-・アプローチからの探索的検討―」『日本労働研究雑誌』703,65-75
【筆者プロフィール】 一般社団法人ソシエトス 代表理事 木暮淳子 外資系食品メーカーのマーケティング、法人営業を担当し、英国勤務を経て2001年退職。 その後も外資系企業の新規事業開拓責任者、企業再生等の仕事に従事する。 2008年よりコンサルティング会社にて人材開発・組織開発を担当し、2016年に一般社団 法人ソシエトス設立。理事にわが国のキャリア形成支援第一人者で数多くの著書を持つ 筑波大学名誉教授・渡辺三枝子先生を迎え、個に寄り添ったミドルシニアのキャリア形成 を支援している。 現在、ライフ・キャリア開発研修を軸に、都市圏ミドルシニアの活躍の場として地方創生とマッチングする活動や、1on1キャリアコンサルティングで活躍中。 |
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