シニア起業というキャリアデザイン



◆シニア起業とは
 最初に誤解を招かないようにお伝えしておきます。今回の話はミドルシニアの皆さんに起業しなければいけないと言っているわけではありません。人生の選択肢を広げるために、という視点からお話ししています。

 私の考えるシニア起業とは簡単に言えば「身の丈起業」です。短期間のうちに上場を目指すというような起業ではありません。結果として上場に成功するような例もありますが、はじめからそれを目指してはいけないと思います。

 シニア起業では、お金儲けを第一目標にしない方がいいと私は考えているのです。

 私が皆さんにおすすめするシニア起業のポイントは……
 (1)得手に帆を揚げて(得意なことを武器に)
 (2)好きこそものの上手なれ(好きなこと・続けられることを)
 (3)学ぶことこそ最大の投資(資金は最小限、学ぶことを最大の投資として)
です。

 ここで、私が出会った「身の丈起業」に成功した方を二人、ご紹介します。
 ひとりは、大手の広告代理店でご活躍していた方です。
 彼はお客さんとの打ち合わせを重ねていく中で、ファシリテーションの技術を磨いて、それを武器に起業を果たしました。

 当時は、ファシリテーションが今ほど注目を浴びていませんでした。だから、少し先行するだけで第一人者として名前が知られるようになっていったのです。
 このことは、彼が籍を置く会社にも大きなメリットを生みました。あの会社には、一流のファシリテーターがいて大きな成果を上げている。彼のような人材を育てたい。彼を講師に招きたいといったオファーが、数多く彼の会社に寄せられるようになりました。
 彼は、会社の仕事で培った技能で名声・人脈を得て、その技能を武器に早期退社→起業という道を切り拓いていったのです。

 もう一人は、小さな出版社の社長だった方です。
 旅が趣味で、暇を見つけては旅をしていたのですが、気に入った土地を見つけて、そこに住み着き、焼き立てパンを提供する喫茶店をはじめました。
 おいしいパンの作り方は独学で、パン作りに必要な焼き窯は、無料の職業訓練校に通って金属溶接を学んで自分で作り上げました。そして、それを店のウリにして経営の基礎を築きました。
 私のイメージする「身の丈起業」とは、このようなイメージです。

 お二人とも、得意なこと、好きなことを活かして、学びという投資を惜しまなかったことが成功のカギなのではないかと考えています。

 起業を考える時、独りではじめるか、仲間と一緒に進めるか悩まれる方もいるかもしれませんが、可能ならば、私はお仲間と一緒に起業していただきたいと考えています。

 ここでもうひとり、シニア起業を果たした方を紹介しておきます。
 この方は、誰もが知る大手メーカーの重役だった方です。
 ある時、定年を間近に控えた同期の仲間と「40年以上培ってきた技術者としてのノウハウを世の中のために役立てたい」という話になったそうです。
 それがきっかけとなって「プロテック(Protech)」という会社を設立されました。

 この社名にはPromote the Technologies for Century 21st=「豊富な技術体験と管理体験を結集して、21世紀を担う技術開発に貢献する」という意味が込められています。
 彼らの考えた「貢献」とは、新しい技術を開発するのではなく、若い技術者を徹底的に支援していくことでした。
 具体的には研究・開発に欠くことのできない、論文の抄録制作や、実験助手や開発補助者の役割を誰もが知る大手メーカーの研究・開発をリードしてきたベテランが代行してくれるというものです。
 若者とは比較にならない経験値を持つ彼らが絶妙なタイミングでアドバイスをしてくれるのです。若い技術者の前で偉そうな態度はとりません。研究者や技術者にとってすごくありがたい存在ですね。

◆成功するシニア起業
 起業には「非連続相同」が重要です。これは、私の教え子が、成功するベンチャー事業のメンバリングの研究をした時に紡ぎ出した言葉です。

 「相同性」というのは生物学の用語で、生物の種の進化で比較的近いところで枝分かれをした種のことを「相同性」の高い種というのです。これをキャリアの世界に置き換えれば「同期入社」の仲間といえます。同期入社の仲間は、同じような年齢で、同じような環境で働いてきましたから、言語が共通なんですね。
 そして「非連続」とはなにかというと、途中で会社を辞めたり、異動があったり、それぞれが違う経験をするということを意味しています。

 こういう人たちが、年月を経て再結集すると、多様性を持った人が共通の言語を介して仕事を進めることができます。
 こんな条件が整っていれば、シニア起業は「生活の充実」と「自己効力感」を得られる良い選択肢といえるのではないでしょうか。

◆成功するセルフブランディング
 繰り返しになりますが、ミドルシニアの皆さんに起業しなければいけないと言っているわけではありません。 
 ただ、ご自身の強みを活かすために学び続けて、いざとなれば起業をしてみるという気持ちを持っていることを周囲に知っておいてもらうことは悪いことではないと思うのです。今責任をお持ちの仕事を投げ出すという話ではないわけですから。

 ご自身が学びを続けていることを広く知ってもらう努力をしていると、ある日突然オファーが飛び込んでくる……。これはまさに、アメリカの高名な社会学者マーク・グラノヴェターが提唱している「弱い紐帯の強み」=“The strength of weak ties”です。

 会社に残って強みを発揮するにしても、起業を志すにしても、ミドルシニアの時期にやっておくべきは、「弱い紐帯」をたくさん作っておくことです。「弱い紐帯」を持っている人には、たくさん情報が集まります。起業を考えていない人、まだ早いと考えている人は、ご自身がキャッチした情報を会社のために活かせばいいのです。

 会社にいる間に「弱い紐帯」をたくさん作っておくことで、退職後に続く長いセカンドライフを充実させましょう。

◆キャリアの磨き方
 キャリアについて考える時、スキルや知識の磨き上げばかり考える方が多いですが、ご自身のネットワーク磨きにも意識を向けていただきたいと思います。
 そのことが、先ほどの「弱い紐帯」を作ることにつながります。

 発信をしなければ、あなたが起業に興味があるとか、ある分野のプロであるとかは誰も知り得ません。誰も知らなければ、誰からも声はかかりません。皆さんは、ご自身のブランディングにもっと心を割くべきだと考えます。
 営業職の方ならば、ご自身のことを知ってもらう機会は多いでしょう。技術職・研究職の方なら、論文を書いて学会に参加してみましょう。総務職や人事部門の方だって、有名人はたくさんいますね。

 仕事に真剣に取り組んで、会社を良くする取り組みを続けてください。会社員として理想的な働き方をしているうちに、少しずつ名が知られるようになります。
 私は総務だから関係ないなんてことはないのです。できないこと、やらないことの言いわけを探すのはやめましょう。

【筆者略歴】
野田 稔(のだ・みのる)

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科 教授

1981年一橋大学商学部卒業 株式会社野村総合研究所入社。
1987年一橋大学大学院修士課程修了。
野村総合研究所復帰後、経営戦略コンサルティング室長、経営コンサルティング一部部長を経て2001年3月退社。多摩大学経営情報学部教授、株式会社リクルート 新規事業担当フェローを経て、2008年4月より現職。リクルートワークス研究所 特任研究顧問を兼任。

著書:『組織論再入門』(ダイヤモンド社)、『中堅崩壊』(ダイヤモンド社)、『二流を超一流に変える「心」の燃やし方』(フォレスト出版)、『野田稔のリーダーになるための教科書』(宝島社)、『あたたかい組織感情』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。

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