現代人は幸せに働いているのか?

 本号より、10月5日(水)に開催される「星和CareerNext2022第4回公開セミナー」にて「社員と組織を幸せにする『幸福学』」というテーマでご講演をいただく慶應義塾大学大学院の前野隆司教授のお話を3回連載でお届けいたします。
 初回となる今回のテーマは「現代人は幸せに働いているのか?」です。



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 みなさん、幸せに働いていますか?
現代社会は激変の時代であると言われています。
VUCAの時代、パンデミックの時代、情報革命やAI革命の時代。果たして本当にそうなのでしょうか。
 私は、現代の激変を、産業革命以来二百数十年、という視点ではなく、人類誕生以来20万年、という視点で見るべきだと考えています。拙著(1)(2)でもそのように述べてきました。人類3.1という捉えかたです。

 人類3.1とは、人類は、1~3という3つのバージョンに分かれていて、それぞれが、「.0」と「.1」に分れる、という分類法です。これは、人類の人口の変化または世界のGDPの変化を対数軸上でグラフにしてみるとわかります。

 以下に、京都大学の広井先生の図を示していますが、このように、人類は経済成長期と定常期を3度経験しています。私は、この、「成長〜定常〜成長〜定常〜成長〜定常」のサイクルを、「人類1.0〜人類1.1〜人類2.0〜人類2.1〜人類3.0〜人類3.1」と名付けました。


『人口減少社会のデザイン』広井良典

 20万年前に誕生した人類は、最初、狩猟採集生活をしていました。人類1.0です。
食料が潤沢な間は人口が増えますが、食料に対して人が増えすぎると、増加は止まり定常化します(人類1.1)。そこで農耕が始まり、再び人口は増加します(人類2.0)。
やがて農業にも限界が来て定常化します(人類2.1)。
次には、工業が起こって産業革命を経て情報化・金融化へと続く人類3.0となり、再び人口が増えます。しかし、その後に地球環境の限界が到来します。
日本も、育児コストの高さと女性の再就職の難しさが壁となって、出産数の減少による少子化が進み、定常化(人類3.1)に向かいます。
つまり現在、人類は3.0から3.1に差し掛かったあたりにいるというべきでしょう。

 働き方の話に戻りましょう。人類1.0から人類3.1まで、どの時代が幸せなのでしょうか。
現代は医療・福祉が最も充実しており、健康・長寿で、テクノロジーの恩恵にも与れます。よって、現代が最も幸せな時代なのでしょうか。

 『サピエンス全史』を書いたハラリ(3)によると、狩猟採集生活時代は、農耕時代よりも労働生産性が高かったそうです。私はこの話を聞いた時、最初は耳を疑いました。
農耕の方が、単位面積当たりの生産性は高いはずだ。そのとおりです。
しかし、労働生産性はどうでしょう。考えてみると、農業は、土造りから種まき、田畑の管理から収穫まで、労働集約的です。
つまり、自然に生えている植物や、動物や魚を採っていた時代の方が、労働時間は短かったのです。つまり、一人当たりの生産性は、狩猟採集生活時代の方が高かったのです。農耕時代と産業化後の時代では、どちらの生産性が高いでしょうか。
やはり、単位面積当たりの生産性は、動力を手にした産業革命後の方が高いかもしれません。しかし、産業革命直後の工場労働者は過酷な労働を余儀なくされていたことが知られています。もちろん、その後、労働時間の短縮が続いていますが、狩猟採集生活時代よりは働いているというべきかもしれません。
つまり、狩猟採集時代、人類1.0ないしは1.1の時代が、最も労働時間の短い時代だったのかもしれないのです。

 皮肉なものです。人類は、良かれと思って、農耕革命と産業革命を達成しました。それによって、人類は豊かになったと思っていた。確かに、先ほども述べたように、医療・福祉やテクノロジーのレベルは高まりました。しかし、それは人間の長時間労働によって達成されているのです。

 みんなで労働の役割分担をし、洗濯機が洗濯をし、冷蔵庫が保管をし、自動車が遠くに連れて行ってくれる効率的な社会を作り、効率的になった分、長く働いている人類。何をしているのでしょうか。ハラリは、農耕革命とは、人類が小麦やコメの奴隷になったことと言いました。農業革命によって繁栄したのは、小麦やコメだったのです。人類は、その繁栄のために、長時間労働を強いられました。
そして、産業革命後、人類は機械やコンクリートやインターネットの奴隷になってしまいました。機械やコンクリートやインターネットが繁栄するための奴隷として働く人類。
よくSF映画で、人間がロボットに支配される将来が描かれますが、あれは将来ではないのです。すでに私たちは機械の奴隷なのです。

 メールマガジンの第1回。
いきなり、人類は機械の奴隷であるという歴史的視点を提示しました。次回の星和HRインフォメーションでは、そうはいってもどう幸せに働くべきか、幸せな働き方について述べようと思います。

参考文献
(1)『ウェルビーイング』 前野隆司・前野マドカ(日経BP 2022)
(2)『ディストピア禍の新・幸福論』 前野隆司(プレジデント社 2022)
(3)『サピエンス全史』 ユヴァル・ノア・ハラリ(河出書房新社 2016)



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【筆者プロフィール】

前野隆司 氏(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長、工学博士。
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。
キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現職。
日本機械学会賞[論文](1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。

【著書】

ウェルビーイング
『ウェルビーイング』
前野隆司・前野マドカ
(日経BP 2022年)
幸せな職場の経営学 「働きたくてたまらないチーム」の作り方
『幸せな職場の経営学 「働きたくてたまらないチーム」の作り方』
前野隆司
(小学館 2019年)
幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える
『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』

前野隆司・小森谷浩志・
天外伺朗
(内外出版社 2018年)
幸せのメカニズム 実践・幸福学入門
『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』
前野隆司
(講談社 2013年)

『アドラー心理学×幸福学でつかむ!幸せに生きる方法』 前野隆司・平本あきお(ワニブックス 2021年)、『無意識がわかれば人生が変わる』 前野隆司・由佐美加子(ワニブックス 2020年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』 前野隆司(筑摩書房 2004年)など他多数。

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