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本号は、「定年後研究所 News Letter#3」として、企業研修において、いまニーズが急増している「越境体験」を実践した定年後研究所の池口武志所長によるレポートをお届けします。

定年後研究所所長による「越境体験」レポート



◆新しい研修スタイル「越境体験」が増加中
 昨今、企業研修に「越境体験」を採り入れる事例が増えてきている。
新規事業の種探し、キャリア自律の促進、セカンドキャリアのイメージ作りなど理由は様々であるが、従業員をアウェイ環境におき、自社では体験できない仕事環境で新たな気付きを促す意図は共通のようだ。

 中高年会社員のキャリア開発に携わる仕事柄、企業人事の方から、越境体験の効果、具体的な事例、更には企業向け越境サービスに関するご相談を頂くケースも増えてきた。中でも、徹底的なアウェイ環境を追求される企業からは、民間企業ではなく、地方自治体やNPO、社会福祉法人での越境体験を探索されるご要望を受けるケースが出始めている。

 当然ながら、地域には民間企業ばかりでなく、社会福祉施設やNPO等が数多く存在し、中高年会社員のセカンドキャリアの多様化を考える上では、社会福祉領域を覗いてみることは有益であるし、ましてや福祉の担い手不足が叫ばれる環境下では社会全体にとっても意味の大きいことと考える。

 実際に、社会との接点を持てるかどうかの老後不安を感じている人がボランティアなどの社会活動に取り組みたいとの意向をもっているとの大規模調査結果もある※。

 ただ、利潤追求を目的とした民間企業で長年働いてきた中高年会社員が、社会福祉法人という全く異なる環境下で仕事をすることがそもそも成り立つのであろうか?
基本的な価値観の違いやスキル不足からかえって足手まといになり、受け入れ施設に迷惑をかけることにならないか?

 このような懸念点を、知的障害者支援の福祉施設を運営しながら、教壇にも立たれている植草学園大学副学長(発達教育学部教授)である野澤和弘先生にぶつけてみると「社会福祉の専門家でなくても、感謝される役割は山ほどあります。民間企業で積み上げられてきた経験が、障害者の就労支援や生活支援の場面できっと活かしていただけるはずです」と思わぬ答えが返ってきた。

◆社会福祉の現場で越境体験
 そこで、筆者も評論ばかりしていずに、5月の連休に自ら社会福祉法人に越境体験することを計画し、ご縁を頂いた知的障害者の支援施設を訪問した。

 ちなみに、筆者は長く生命保険会社に勤務し、現在は、定年前後期の中高年会社員の活躍を調査研究する仕事に従事しており、社会福祉については、完全な素人である。また両親も高齢ながらいたって健康で、老人介護やその施設についても知識として多少かじった程度の完全な素人である。

 5月初旬の気候の良い2日間、知的障害者支援施設で初めてのボランティア活動を経験した。
初日は、4年ぶりに開催された施設利用者向けのバーベキューパーティーの手伝いであった。
パーティーは障害の程度に応じて、午前と午後の部に分けて開催された。
鉄板の前で肉や野菜を焼いているとあちらこちらから「おかわり!」の声がかかる。
調子にのって盛り付けをしていると、スタッフの方から「食べ過ぎになるので、池口さんはそこでずっと焼いていてください」と早速に指導を受ける。
子どもからお歳を召された方まで、数十人の利用者様の溢れんばかりの笑顔と「美味しいなあ~」との大きな歓声に励まされ、用意した食材も平らげていただき、4時間はあっという間に過ぎた。

 翌日は、グループホームに入居されている高齢男性の、「月一回」のお買い物の付き添いの役目をいただいた。この方は、知的障害があり、最近は認知症の症状も出現している。
果たして自分に務まるのかと一抹の不安を感じながら、グループホームを訪ねた。夏物下着の買い足しと、フードコートでのお昼ごはん、そして男性が鉄道好きとのことで、大型ショッピングモールへの道のりは、少しだけ遠回りして鉄道の旅の指示を受けた。

 慣れていないため、どうしても受け答えがちぐはぐになり、最初は戸惑いも感じたが、ショッピングモールの中で目をキラキラさせて「たくさん商品があるなあ、全部売るのも大変だろうな~♪」ととても喜んでくれていたように思う。
フードコートでは讃岐うどんを一緒に食べながら、「自分は〇〇県の●●町の生まれで、特別支援学校でお世話になったA先生やB先生とは最近再会したんですよ」と夢中になって話をしてくれた。大好きな電車の中では、停車駅ごとに降りようとするのを制止されながらも、小さな電車の旅を満喫されている様子が印象的だった。 

 グループホームに帰り着くと施設長が出迎えてくれた。ねぎらいの言葉をいただき、小さいながらもこれまで感じたことのない種類の達成感で満たされている自分に気付いた。

 わずか2日間の「越境体験」であったが、大切なことを学べたように思う。
今回のような社会福祉法人での「越境体験」は、たとえ福祉の素人であっても、長く民間企業で働いてきた中高年会社員が小さな役に立つことができる可能性を実感すると共に、マインドセットや行動変容に大きなインパクトを与え得ることを体験することができた。一人でも多くの中高年会社員が、社会福祉のような別環境の現場を体験し、自ら出来ることを考えていただくと同時に、ご自身のライフキャリアの充実にも繋げていただくことを願うようになった。

 先の大規模調査結果でも、NPO等の紹介、ボランティア休暇付与、副業規定の緩和、就業時間内活動などの会社からの支援策を望む従業員の大きなニーズがあるそうです※。

 この越境体験にご関心をお持ちいただき、詳しい話をご希望の方がいらっしゃれば、定年後研究所Webサイトの“お問合せ”からご照会ください。社会福祉法人をご紹介させていただくことを楽しみにしています。

※参考文献
 労働政策研究報告書No. 225
 企業で働く人のボランティアと社会貢献活動―パラレルキャリアの可能性―
 (独立行政法人労働政策研究・研修機構 2023)


【筆者略歴】
池口 武志(いけぐち・たけし)

一般社団法人定年後研究所 理事 所長
1986年 日本生命保険相互会社入社
本部リテール販売部門、人事、営業企画、契約管理、販売最前線等で長く管理職(部長、支社長など)を経験し、多様な職種の人材育成にかかわる。その間、オックスフォード大学 Diplomatic Studies修了。
2016年 研修事業も行う星和ビジネスリンクに出向
キャリア羅針盤の開発を統括。現在、同社取締役常務執行役員も務める。
2023年3月 桜美林大学大学院老年学修士課程修了
キャリアコンサルタント、消費生活アドバイザー、AFP、日本心理的資本協会理事、シニア社会学会会員
著書に『定年NEXT』(廣済堂新書 2022年4月)、『人生の頂点は定年後』(青春新書インテリジェンス 2022年10月)

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