「幸せな介護」実現のために

 介護職員の育成と介護問題の解決に取り組む矢野憲彦氏のコラム。最終回は、家族の介護にあたって最低限知っておくべきことと心構えについてお話しいただきます。

●「幸せな介護」実現のために
 前回のメールマガジンでは介護離職を防ぐために活用すべき支援制度などについてお話ししました。
 支援制度をうまく活用することで、家族の介護と仕事が両立できれば、精神的、肉体的、経済的な苦しみは軽減すると思います。
 しかし、それだけでは介護する前の状態に近づいただけです。私は、家族の介護という、貴重な経験をただ苦悩や負担を軽減するだけのもので終わらせては「もったいない」と考えます。
 介護を通じて「家族との絆」を深め、「人生観や死生観」を育み、あなたと家族の人生の質(QOL)の向上を目指して欲しいと思っています。
 介護を経験したからこそ実感できる充足感、それが「幸せな介護」なのです。
 幸せな介護については、星和ビジネスリンクのeラーニングプログラム『キャリア羅針盤 ~幸せな介護』で詳しく学ぶことができますが、ここでは最低限知っておくべきことについてお話しします。

●老化と認知症の理解
 家事や仕事をテキパキとこなしていた親がだんだん衰えて、人の手を借りないと生活できなくなってしまう……。そんな親の姿を見るのは、とても辛く、悲しいことです。しかし、これは老化現象であり、できないことが増えていくのは自然なことです。
 心身に生じる様々な変化をあらかじめ知っておくことで、親の衰えに対する否定的な考えや感情を和らげることもできるのではないでしょうか。年齢を重ねていくことで、生じる変化の代表的なものを以下にまとめてみました。

 肉体的には、
・老眼による視力低下、視野狭窄、色覚低下、ドライアイが発生しやすくなる。
・認知機能の低下が起こりやすくなる。
・嗅覚や味覚が鈍感になる。摂食嚥下がしにくくなり、むせたり、誤嚥性の肺炎を起こしやすくなる。
・高音域の聴力が著しく低下し、老人性難聴が生じやすくなる。
・消化管運動が低下し、便秘や便通異常、逆流性食道炎などが起こりやすくなる。
・血管が硬くなり、心筋梗塞や心肥大、高血圧、動悸が起こりやすくなる。
・皮膚感覚が低下して、寒暖や痛みに対して鈍感になる。
・膀胱が硬くなり、頻尿の症状が出やすくなる。時には失禁してしまうこともある。
・骨量が減り骨折しやすくなり、また関節炎も起こりやすくなる。
・バランス能力が低下して、転倒しやすくなる。
・筋力、持久力、敏捷性が低下して、歩行は前傾、すり足、歩幅縮小、歩行の速度が低下する。

 また、心理的側面を見てみると、
・頑固になり、保守的傾向が強くなることがある。
・人に対して厳しくなり、疑いの感情を抱きやすくなることがある。
・死に対する不安から、自身の健康状態への関心が異常に高まることがある。
・認知症を発症すると、記憶障害、見当識障害、理解判断力や実行機能障害などの中核症状といわれるものに加え、周辺症状である抑うつ、妄想・幻覚、暴言・暴力、徘徊、不潔行為、食行動異常など様々な症状が出ることがある。

一般社団法人QOLアカデミー協会調べ

 認知症患者は今後急速に増加すると予測されており、ご家族が発症する可能性も少なくありません。認知症については前回でもお伝えしたとおり、症状が多岐にわたり、ここで全てを説明することはできません。ご自身で確認しておきましょう。

●介護とお金について
 あなたは、介護にどれくらいのお金がかかるか知っていますか? 介護にかかる費用は、在宅介護か施設介護か、また介護度や介護を受ける本人の所得によって大きく異なります。
 在宅介護の場合、自己負担の費用は平均すると月約4~5万円ですが、本人の所得によってはこの2~3倍になることもあります。
 一方、施設介護は、介護にあたる家族の肉体的・精神的負担を軽くすることができます。しかし、経済的負担は大きくなり、月に10~35万円と高額の介護費用を覚悟しなければなりません。また、施設介護は施設の種類によって負担額が大きく変わります。ケアマネージャーとよく相談し、ケアプランを決めてください。
 例えば、要介護2の場合、在宅介護でも、年間50~60万円、要介護5となると、年間90万円は必要です。また、施設介護では、「特別養護老人ホーム」の場合、年間約120~150万円、有料老人ホームの場合、年間約200~400万円は必要となります*1
 介護期間は平均で約5年ほどですが、7人に1人は10年以上ともいわれています*2。あなたのご両親や配偶者が10年以上施設で介護を受けることになったら経済的に可能なのかなど、一度シミュレーションしてみることをおすすめします。
 このように、家族の介護にかかる費用はケースバイケースで大きく異なりますが、介護費用は介護を受ける本人が負担するのが原則です。
 可能な範囲で本人に、預貯金・有価証券・不動産、公的年金・個人年金などの有無や、銀行口座や通帳・カード、印鑑の保管場所などを確認しておくことも大切です。また、債務がある親はそれを隠そうとする傾向があります。注意深く確認してください。

●最幸のエンディングに向けて
 多くの人が介護は、苦しく辛いと考えています。
 家族の介護は誰もが経験する可能性がある一方で、日本では介護に関する知識や技術、心構えについて学ぶ機会がないことが要因です。
 介護を開始した時に何の予備知識もないと、闇雲に頑張り続け、その結果疲弊してしまい、「不幸せな介護」に陥ってしまうことがあります。
 私が代表を務めるQOLアカデミー協会は、介護の時間を人生の幸せな一コマに昇華させることを目指し活動しています。私たちの目的は、「介護を悲劇ではなく、親が命を懸けて体験させてくれたギフトだった」と感じられるようになっていただくことです。介護がポジティブな体験となり、その時間が家族や介護者にとって意味深いものとなるよう、知識や心構えを提供し、サポートしています。
・介護が始まる前に知っておくべきこと
・準備しておくべきこと
・親に聞いておくべきこと
・介護が始まった時の対処法
・心の持ち方や本当の親孝行
 これらを学び、介護の準備や実際のケアにおいて有益な情報やスキルを身につけ、実践することで、人生全体の質を向上させることができると考えています。
 我々は、介護に携わった人が後悔のない最幸のエンディングライフを迎えるために、必要なサポートを提供し、その実現を願っています。

 これまで4回にわたり、幸せな介護についてお伝えしてきました。皆様のキャリアや大切な人生にお役立ていただければ幸いです。

*1介護費用に関しては、一般社団法人QOLアカデミー協会調べ
*2 生命保険文化センターの調べによると介護期間は平均5年1か月

【筆者プロフィール】
矢野 憲彦(やの・のりひこ)

株式会社 QOLアシスト 代表取締役
一般社団法人 QOLアカデミー協会 代表理事
 関西学院大学卒業。東京の健康医学の研究所にて自然治癒力の研究と教育に専念。
 東京大学大学院医学系研究科に研究生として通い、健康講座を全国で1,400回以上開催、健康人生相談は5,000件以上実施。
 2010年独立後、介護の学校を立ち上げ1,800名以上の介護職員を養成。シニアとその家族の人生の質(QOL)を高めることを使命に活動中。
 現在、高齢の親が家族に迷惑をかけず、悔いのない人生を送るために、認知症予防や自己肯定感向上をサポートし、見守りと親孝行ができる「わた史書・回想サービス」を展開中。

 上級心理カウンセラー、介護離職防止対策アドバイザー®、心療回想士、ヘッドリンパセラピスト、JADP認定メンタル心理カウンセラー®、1級フードアナリスト®などの資格取得。

◎ 株式会社 星和ビジネスリンク お問い合わせフォーム

◎ 星和ビジネスリンクは、現役世代が定年後の人生を豊かに過ごすための調査研究を行う機関として、「一般社団法人 定年後研究所」を設立しました。
定年後研究所のWebサイトはこちら

◎ 一般社団法人 定年後研究所 お問い合わせフォーム