第2回 異常値をたたく医療から、元気になるために「足す」医療へ


 和田秀樹氏による「長寿時代への中高年からの備え」をテーマとした集中連載。2回目となる今回は「異常値をたたく医療から、元気になるために『足す』医療へ」と題して、中高年期以降、心身ともに元気に過ごすためのコツを教えていただきます。 



 中高年から高齢への医学的な備えというと、多くの人がメタボ対策をはじめとする「生活習慣病」対策を思い浮かべるだろう。

 確かに、心筋梗塞の予防であれ、脳卒中の予防であれ、体重を落とし、血圧や血糖値やコレステロール値を下げることが常識のようになっているし、これらの値が高いと医師に生活指導を受け、多くの場合、薬を処方されることになる。

 ただ、長年高齢者を専門とし、アンチエイジング医療を行っていると、むしろこれらのことが逆に人々の元気を落とし、早く老け込ませるのではないかと思うようになった。

 実際、日本で行われた大規模な住民調査では、40歳の時点でやや太めの人(BMI25~30)がやせ型の人より6~8年長生きしているし、各種の追跡調査でもコレステロールも正常より高めの人のほうが死亡率は低い。

 血圧や血糖値のコントロールについても欧米と違って大規模調査のデータがないから、本当にそれを下げたほうが長生きできるのかはわからないとしかいいようがない。

 確かに欧米の大規模比較調査のデータでは、血糖値はやや高め、血圧は下げたほうがいいというデータがでている。

 ただ、これが日本にあてはまるかどうかはわからない。
 というのも、欧米のほとんどの国では死因のトップが虚血性心疾患だからだ。
アメリカでは、がんの1.7倍も心筋梗塞で亡くなっている。
ところが日本では心筋梗塞で亡くなる方は、がんの10分の1だ。

 血圧や血糖値が、がんで死ぬ確率に影響を及ぼすかどうかはわからない。
しかし、一般的に血圧や血糖値を薬で下げるとぼんやりしたり、フラフラする人は多い。
人工的にその人にとって低血圧や低血糖の状態を作っているから頭がシャキッとしないのだろう。

 この不快感が免疫力を落とす可能性があるから大規模調査をやらないと日本で死亡率を下げるかどうかがわからないのだ。

 一般的に高齢者になると「高い害」より「低い害」のほうが大きくなる。
 動脈硬化で血管の壁が厚くなると低血糖で失禁したり意識がおかしくなるということは珍しくない。
塩分を控えすぎて低ナトリウム血症を起こすと意識障害が起こることも多い。
こういう意識障害が高齢者の起こす事故の原因ではないかと私は考えている。
ニュースでも、動体視力が落ちて飛び出してきた子供をはねたという事故は滅多に報じられないが、普段暴走や逆走をしない人がそれをやるというケースが多いからだ。

 なんらかの意識障害があると考えるほうが自然な気がする。
いずれにせよ、高齢者は栄養状態がいい人のほうが若々しい。
中高年の人も食欲旺盛な人のほうがエネルギッシュだ。

 欧米では、若さや健康を保つためのサプリメントが盛んに売られている。
私も足りないものを補うために複数のサプリメントを常用している。

 サプリメントの多くは、今より元気になることを目標にしている。
医者の出す薬は元気になることより異常値をたたくことを目標にしている。
これがどうしても活力を落としがちだ。

 もう一つ足したほうがいいと思うのはさまざまなホルモンだ。
 歳をとるほど、多くのホルモンの分泌が悪くなる。
私はそれを足すことでかなり若返ることができるし健康的になると信じている。

 女性なら女性ホルモンが減るわけだが、それを足してあげると肌がみずみずしくなるし、骨粗しょう症のリスクが減ることが知られている。

 また、成長ホルモンは歳をとるほど減ることが知られているが、これも補充してあげると、新陳代謝がよくなるし、筋肉がつきやすくなる。要するに体力が保たれるのだ。

 それ以上に大切だと私が考えているのが男性ホルモンだ。
 最近、研究が進むにつれ、ただの性欲を保つホルモンでないことがわかってきた。
 男性ホルモンは、脳内のアセチルコリンという伝達物質の分泌を刺激するので、このホルモンが減ると記憶力が落ちる。

 また性欲だけでなく、意欲が落ちることもよく知られた事実だ。
そして、男性ホルモンが減ると女性に関心がなくなるといわれてきたが、人への関心が落ちるらしく、人付き合いがおっくうになってくる。

 実は、閉経後の女性はむしろ男性ホルモンが増えることがわかっている。
 だから、女性は歳をとってから社交的になったり、活動的になる人が多い。
ところが男性はそれが減り続けるので、「ぬれ落ち葉」となってしまうのだ。

 さらにいうと、男性ホルモンが減ると同じだけ肉を食べ、同じだけ運動をしても筋肉がつかず、脂肪がつきやすくなる。

 男性ホルモンを維持するために、肉を食べ、亜鉛(牡蠣やニンニクなど精がつくとされる食べ物に多く含まれる)をとり、運動をするのが大切なのだが、それでも足りなければ補充すればかなりの若さと体力が保たれる。
これは相当効果が自覚できるもののようで、私のクリニックでは最もリピーターが多い治療である。

 いずれにせよ、中高年から元気で意欲的であることを維持していくのなら、検査結果に一喜一憂するより足りないものを足していくという発想の転換が必要だと私は信じている。

【筆者略歴】
和田秀樹(わだ・ひでき)
和田秀樹こころと体のクリニック院長、精神科医。
1960年大阪市生まれ。
1985年東京大学医学部卒業。
1988年に日本に3つしかない高齢者専門の総合病院浴風会病院勤務以来、30年以上にわたって高齢者医療にかかわる。

 教育関連、受験産業、介護問題、時事問題など多岐にわたるフィールドで精力的に活動し、テレビ、ラジオ、雑誌など様々なマスメディアにもアドバイザーやコメンテーターとして出演。

 現在、国際医療福祉大学大学院赤坂心理学科特任教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック(アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化したクリニック)院長などを務める。

【著書】
『40歳から一気に老化する人、しない人 ─足りないものを足す健康法のすすめ』(プレジデント社 2022年)、『「感情の老化」を防ぐ本』(朝日新聞出版 2019年)、『年代別 医学的に正しい生き方─人生の未来予想図』(2018年 講談社)、『五〇歳からの勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2016)他多数。
和田秀樹 著書


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