ホームとアウェイを行き来するのが「越境学習」

本号より、4回にわたって、パラレルキャリア研究の第一人者で、法政大学大学院政策創造研究科石山恒貴(いしやま・のぶたか)教授より中高年社員の「越境学習」についてお話をいただきます。

◆越境学習」とは?
 「越境学習」という言葉は、立教大学経営学部の中原淳教授が著書『経営学習論』のなかで10年ほど前に示され、知られるようになりました。越境学習は平たく言えば、企業の中に留まらないで、どんどん外へ学びに行きましょう、企業や職場の境界を越えて学びましょう、ということを意味していました。

 そこから私は定義を広く考え、越境学習の「越境」を、自分の会社から別の企業や組織に行って学ぶという意味だけでなく、もう少し心理的な意味で捉えるようになりました。今、私が考える越境学習は、自分がホームだと思える場所からアウェイだと思える場所に行くこと。つまり、ホームとアウェイの境目を越えて行き来することを「越境」と捉えているわけです。

 では、自分がホームと思う場所とは何かということですが、よく知っている人たちで構成され、同じ価値観や考え方を当たり前だと思っている場所。その場が共有する社内用語みたいなものもあって自然に行動できてしまうけれども「刺激があるか?」と問われれば、それは少ないという場所になります。

 アウェイはその逆です。価値観も考え方も違う知らない人ばかりがいる場所で、言葉がなかなか通じない。やっていることも自分の会社と全然違うので勝手がわからない。だから、心理的に不安になって居心地は良くないけれど、そういう場で知らない人と会話しながら一から何かをしようとすれば、ホームでは味わえない刺激を受けることができる。そういう場所がアウェイです。

 そして、私が考える越境学習は、こうしたホームとアウェイの境界を行ったり来たりすること。その状態を繰り返すことです。そうすると、いくつかの異なる価値観が自分の中に入ってくるので心理的に不安定な状態にもなりますが、「自分が本当にやりたいことは何だったのか」とか「自分はこれからどう在るべきか」というところにたどり着くはずです。越境することで自分がどういう人間で、これからどうやって生きていくべきかを、自然に考えるようになっていく。これが越境学習の意義ではないかと考えています。

 ホームではそこで通用している言葉や考え方、仕事の処理の仕方に至るまで、その場の常識、固定観念にしたがっていればうまくいくので、すべてわかった気になりがちです。対して、アウェイではそれが通用しませんから、「誰に聞けばいいんだろう」「何をすればいいんだろう」から始まって、「なるほど、こういうやり方でよかったのか」「こういう方法もあったんだ」といった新しい発見がたくさんあります。それが新しい価値観を生むことになるわけで、越境学習で一番大事なのは、アウェイで何か新しいスキルを身につけることではなく、私は新しい価値観に新鮮な刺激を受けることだと思っています。それが、常識や自分を考え直すきっかけになるからです。

 それまでは決まった顔ぶれ、決まった役職や序列の中で仕事をしていた人が、知らない人たちと手探りで距離を縮めていく中で、ホームの世界でまとわりついていた常識の世界が破られ、「ああ、そうだったのか!」という体験が得られる。アウェイはそういうことが起こりやすい場ですからもちろん楽しいし、その後のビジネスだけでなく、人生全般に良い影響が生まれるはずです。

 ただし、アウェイに行くと言っても、行きっぱなしでは越境学習とは言えません。「慣れ親しんだ職場から人事異動や出向で別の場所に行くことも越境学習ですよね?」とよく聞かれますが、その場合、新しい職場は最初はアウェイかもしれませんが、ずっとアウェイにいれば、そこはやがてホームになります。ホームからアウェイではなく、ホームからホームに移行したことになるので、一方通行ではないことが重要です。

 次号では、越境学習がミドルシニアにもたらす効果についてお話を進めていこうと思います。

【筆者プロフィール】
石山恒貴(いしやま・のぶたか)

法政大学大学院政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。人材育成学会常任理事、日本女性学習財団理事、産業・組織心理学会理事、人事実践科学会議共同代表、フリーランス協会アドバイザリーボード等。

主な著書:『定年前と定年後の働き方』光文社、『カゴメの人事改革』(共著)中央経済社、『越境学習入門』(共著)日本能率協会マネジメントセンター、『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社等。

主な受賞: 日本の人事部“HRアワード2022”書籍部門最優秀賞~『越境学習入門』、経営行動科学学会優秀研究賞“JAASアワード2020”『日本企業のタレントマネジメント』、人材育成学会 論文賞(2018)等。

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