企業主導型の越境学習はどうあるべきか

前回は、「越境学習」がミドルシニアにもたらす効果についてお話していただきましたが、
本号では、企業が主導する越境学習の注意点についてご解説をいただきます。

 今、企業の人事部などが主導して、越境学習に取り組もうという会社がどんどん増えています。そのときに、少しだけ考えていただきたいと思っていることがあります。それは、企業主導で越境学習の募集をし、応募してきた人を受け入れ先に派遣する、その形だけが越境学習ではない、ということです。

 実は、個人で越境学習をしている人たちは意外に多いのです。どういうことかと言えば、私の定義する越境学習は「ホームとアウェイを行き来すること」で、その場合のホームは自分の所属する会社だけを意味しませんし、アウェイとは別の企業だけを指すのではない、ということです。

 たとえば、PTAの活動の場とか地域活動のコミュニティに参加している人なら、そういう場は、普段出会えない多様な人々と交流できる場ですから、まさにアウェイの場です。そこで会話をしたり試行錯誤したりすることで新しい価値を発見するという意味で、間違いなく越境学習なのです。

 企業主導で越境学習を推進しようとするとき、よく言われる積極的で意欲もある人たちは放っておいても越境学習をするが、多くの人たちはきっかけを与えないと越境学習への意欲も薄い。だからこの人たちは強く背中を押さないと越境学習をしない、と考えがちだと思います。

 しかし、さまざまな企業の社員に越境学習について語り合ってもらうと、意外に多くの皆さんが個人的に越境学習に参加していることがわかります。家庭でも職場でもない「サードプレイス」への参加、これも越境学習の一つだと私は思っていますが、そもそも個別の地域活動が越境学習の場だと考えている企業は少ないですし、そうした個々の活動まで把握しているはずもありません。

 しかし、先述のように、実は個人主導であっても企業主導であっても、ホームとアウェイを行き来するという越境学習であることに変わりはありません。ですから、企業は越境学習を少し広い意味で捉え、社員がさまざまなコミュニティに参加することを奨励するような企業風土、企業文化を、まず先頭の方たちが率先してつくっていただきたい。私は、越境学習の募集をすることの前に、これを実践してもらえたらと思っています。

 たとえば、ある中小企業の社長は、自らコミュニティに出かけて行って、刺激を受けた体験を社員にどんどん話すようにしています。すると、興味を持った社員が出てきます。そこから「私もやってみたいな」「今度連れていってください」といった流れになり、会社全体にそうした空気が広がっていく。こうなれば、人事部が越境学習の募集をすることになったときの反応も違うはずです。

 よく、会社で副業解禁をしても、それならと名乗りを上げる人はとても少ないと聞きますが、それは当然のことだと思います。なぜなら、特に大企業のミドルシニアの場合、長年「副業は禁止、本業に集中しなさい」と言われ続けてきたからです。それが染みついていますから「今さら、そう言われても……」と躊躇してしまうのです。

 つまり、ミドルシニアの越境学習を推進しようと思うなら、そうした心理的ハードルを下げる環境づくりをしてからでないと、なかなか難しい面があります。かと言って、人事部などが半ば強制的に越境させると、萎縮した気持ちのまま越境学習に臨むことになってしまう危険性があります。

 もう一つは、越境学習の受け入れ先をどこにするか、という問題もあります。ホームでのビジネスに役立つ新しいスキルや情報を獲得してくることを優先すれば、自ずと受け入れ先の候補は絞られてきます。しかし、それよりも社員が自分の働き方や定年後の将来を見つめ、自主的に振る舞う人材になることを優先するなら、必ずしも受け入れ先は、自社と似た業種に携わる企業などでなくてもいいはずです。

 むしろ、全く関係ない企業、あるいはプロボノ(自分の知識・スキルを活かしたボランティア活動)など、社会貢献を目的とする団体などに行って、大企業で培った組織運営や管理のノウハウなどを用いてサポートするといったことから始めるのも、一つの方法ではないかと思っています。

 次回のメールマガジンでは企業の取り組みについて触れてみたいと思います。

【筆者プロフィール】
石山恒貴(いしやま・のぶたか)

法政大学大学院政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。人材育成学会常任理事、日本女性学習財団理事、産業・組織心理学会理事、人事実践科学会議共同代表、フリーランス協会アドバイザリーボード等。

主な著書 :『定年前と定年後の働き方』光文社、『カゴメの人事改革』(共著)中央経済社、『越境学習入門』(共著)日本能率協会マネジメントセンター、『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社等。

主な受賞: 日本の人事部“HRアワード2022”書籍部門最優秀賞~『越境学習入門』、“経営行動科学学会優秀研究賞”(JAASアワード2020)『日本企業のタレントマネジメント』、人材育成学会論文賞(2018)等

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