越境学習がミドルシニアにもたらす効果

前回は、ホームとアウェイを行き来する「越境学習」の概念についてお話をいただきました。第2回は、越境学習がミドルシニアにもたらす効果についてお話をしていただきます。

 ホームからアウェイに移って起こることを考えてみましょう。
「知らない人ばかりなので人脈を使うことができない(すべて自分でやらなければならない)」「それまで身につけたノウハウやマニュアルが通用しない」「それまでできると思っていたことが意外にできなかったことに気づく」「自分の経歴やスキルが評価されない」……。

 さらに言えばアウェイでは、「何のために(目的)、何をやるべきか(ミッション)」から自分で考えなければならない、というケースが少なくありません。上司の指示、部下のサポートといったものがありませんから、失敗も多くなります。しかし、この試行錯誤、失敗の経験こそが貴重な学びにつながります。

 ミドルシニアの皆さんの多くは、ホームでは上司の地位にあることでしょう。そこでは自分を成長させ、会社を発展させるための学びが求められるはずですが、会社が大きくなるほどイノベーションを起こすことへの抵抗は大きくなる可能性があり、そのため自分の役割を大過なく果たすことに目を向けがちになります。

 ところが、アウェイに出ていくとそうはいきません。まず自分がどういう形でそこの集団に溶け込み、何をすれば集団に貢献できるかを考え、行動しなければ始まりません。それがアウェイでは自然と必要になりますし、それをしなければ楽しくもありません。つまり、アウェイは何をどうするかを主体的に考え、行動する人になることが求められる場です。

 誰でも最初は戸惑いがあると思いますが、自分で考え、自分から行動しているうちに、アウェイは否応なく新しい自分、新しい価値観の発見の場となります。その過程で失敗や試行錯誤があるわけですが、ホームに比べてアウェイはそれが許される場であることが多いはずです。
年齢や性別にこだわらず、多様な人たちとフラットに会話をしながら、好奇心にしたがってトライ&エラーを体験できる。こういう体験は、顔見知りが多いホームではなかなか難しいことです。そこに越境学習の意味があるわけですが、越境学習はホームとアウェイを行き来することですから、アウェイでの刺激が新しい価値観をもたらし、より創造的な発想ができると思います。

 アウェイからホームに戻ってきたとき、それがホームでのビジネスや働き方に大きな影響を与えてくれることでしょう。越境学習は自分の中の多様性を育み、さまざまな価値観があることに気づかせてくれますから、そのことが、ミドルシニアのキャリア形成にとって最も大きなことだと私は思っています。

 ホームだと、地位やプライドが妨げになってなかなか年齢にこだわらないフラットなコミュニケーションを苦手に思うミドルシニアの方もいるのではないかと思います。部下に事務手続きを任せてしまうこともホームだと起こりがちだと思いますが、アウェイに行くと上下関係はありませんから、相手の年齢に関係なく声をかけてわからないことを聞くことも当然必要ですし、何をやるにも自分から主体的に動かなければなりません。

 ここで自分が役立つために何をすべきか――。そこから自分で考え、自分でするべきことを生み出していくこと。こうした体験をすれば、ホームに戻ったときに、仕事の仕方、働き方にも変化が生まれるはずです。

 ミドルシニアの人たちは、そう遠くはない未来に定年を迎えます。再雇用される人も多いでしょうが、定年後はフリーランスの身になって働きたいという人も少なからずいるはずです。大企業から中小企業へ転身する人もいるでしょう。越境学習の「すべて自分で一から構築していく」ような経験は、今の定年前のビジネスにもちろん活かせるはずですが、それ以上に、定年後にも役立つはずです。

 大企業の人が中小企業で働くようになったとき、「ウチの会社ではこうやっていた」「このシステムは遅れている」的な「上から目線」は敬遠されます。その会社の人たちと同じ目線に立ち、その会社の人たちと一緒になって手足を動かそうという気で働かなければうまくいきません。そういう気持ちをもって働くことができたとき、初めて大企業で培った経験やスキルを生かせるようになり、自然に頼りにされる人間になるはずです。それを教えてくれる場が、越境学習なのです。

 次号では、企業が背中を押して越境学習の機会を創るとき、どんなことに注意を払うべきかを考えてみようと思います。

【筆者プロフィール】
石山恒貴(いしやま・のぶたか)

法政大学大学院政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。人材育成学会常任理事、日本女性学習財団理事、産業・組織心理学会理事、人事実践科学会議共同代表、フリーランス協会アドバイザリーボード等。

主な著書 :『定年前と定年後の働き方』光文社、『カゴメの人事改革』(共著)中央経済社、『越境学習入門』(共著)日本能率協会マネジメントセンター、『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社等。

主な受賞: 日本の人事部“HRアワード2022”書籍部門最優秀賞~『越境学習入門』、“経営行動科学学会優秀研究賞”(JAASアワード2020)『日本企業のタレントマネジメント』、人材育成学会論文賞(2018)等

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