学びの意味を考える

 本号では、慶應義塾大学SFC研究所の上席所員の高橋俊介氏によるコラムの最終回をお届けします。主体的な学びの進め方とその先にある専門性の大切さについてお話しをいただきます。

◆主体的ジョブデザイン行動
 「ジョブ型」の意味を誤解している企業が多いと感じています。伝統的「ジョブ型」人事制度では、各自の「ジョブ(職務)」について職務記述書に詳細を記載することになっていますが、これでは「ジョブ(職務)」の固定になってしまいます。ジョブ型に関するこのような考え方は昔のもので、仕事をダイナミックに変化させていこうとしている業界では、仕事は自分で作るもの。必要に応じて膨らませていくべきものなのです。私はこれを「主体的ジョブデザイン行動」と呼んでいますが、人によってはこれを「ジョブストレッチ」とか「ジョブクラフティング」という人もいます。

 顧客との関係性においても、リニューアルや、アップデートすることが必要になります。例えば、お客さんに言われたことを「何でもやります!」と、背景を理解せずただ一生懸命する。こういうレベルの仕事では双方ともに満足のいく結果が得られなくなりつつあります。社会も環境もどんどん変化しています。接待を中心に仕事を取ってきていた人は、新型コロナの出現以降どうなったでしょうか?

 環境が変化する中では、顧客との関係性をどうリニューアル、アップデートしていくか? これを常日頃から自問自答していなければなりません。

 例えば、顧客から「あなたの意見を聞きたい」と頼られる存在になりたいと考えている人が、「御社の問題は何ですか?」と尋ねたとき、「あなたに言っても…」と思われているようでは、どうにもならないですよね…

 ある会社が、営業職の約80人に普段なかなか会えないワンランク上の人に会ってお客さんの問題点を聞いてくるよう指示を出したそうです。多くの人は会うこと自体はできましたが、一度会えても二度目に会うことができなかった人が大半だったそうです。そんな中で、幾人かはアポイントの前に勉強をして、「御社の問題って○○ではないですか?」と仮説を持っていく。そして、そのことに対するソリューションのヒントを提案したらしいのです。あくまで仮説の提案ですが、それに対する他社の動きや、他業界での事例などを説明することで、お客さんの興味を引き出すことができたのです。

 そうなってくると、次の約束も取れる。約束が取れたら相手の反応を基に更に勉強をして自論を展開することができるようにする。

 これは、「主体的ジョブデザイン行動」のいい例です。つまり、営業という仕事をどう定義するかということです。
 顧客のリクエストに応え続けるだけではなく、顧客自身に気づきをもたらして、方向性を示すパートナーとなることを目指すことを営業の仕事と定義する。これは、まさに仕事のリフレーミングです。

 例えば、サッカーにおいても、リーダーが戦術を伝授し、試合中、選手をその通りに動かすのではなく、選手の一人ひとりが戦術を組み立てられるようにコーチングしていくことが仕事だと気づけば、そこで、リーダーのマネジメントにリフレーミングが発生しているわけです。

 このようなことへの気づきが、「主体的ジョブデザイン行動」のキッカケになるのです。先ずは、仕事をストレッチすることが学びに対するWhyとなり、次に何を(What)学ぶべきかを考える。そして如何に(How)学ぶかを考える。これらを連鎖させていくことが学びのスピードを加速させるのです。

◆大きく成長するための専門性を磨く
 同じ仕事を続けていても、今のレベルに満足してしまったら、そこで成長は止まってしまいます。

 さきほどの顧客との関係性だけでなく、自身の提供価値を高めたいと思えば、それは何故なのか、どんなスキルを身につければその価値を高めることができるのか、何をどうやって学べばいいのかを考え実践していくことで、一段階高いところからの景色が見えるようになります。そして、違う景色のところに立てば、次の課題が見えてくる。これが主体的ジョブデザイン行動における主体的な学びのスパイラルアップの形です。

 今の仕事の延長線上でも、その仕事をリフレーミング、アップグレードすることができれば、違う景色が見えるはずです。

 ただ、ジェネラリストが中心の日本型の縦社会には専門性が欠けています。優秀な人たちが、異動の度にあらたな仕事を身に付けても、所詮は付け焼刃での対応。そのような形では遅かれ早かれ組織も限界に達してしまいます。

 これらを克服するためには、与えられた仕事とは関係がない部分で10年20年かけて自分が選んで1つの分野を体系的に学び続けることが必要なのです。

 変化の時代に、専門職として同じ仕事だけをやり続けていると、その仕事が無くなったり内容が変わったりしたときに全く対応ができなくなってしまう。ならば、このような時代はジェネラリストが強みを発揮するのかといえば、残念ながらジェネラリストは専門性に欠けるため力を発揮しにくいのが現実です。

 ということは、同じ仕事をしないで専門性を深めていくということが大切になってくるということです。そして、その専門性は深めるだけでなく発展させていかなければならない。発展した先での専門性も同時に深めていく努力が必要です。

 そして、深く学ぶために、自問自答の習慣を持って、あなたなりの正解を持つように心掛けてください。
自問自答を続けることで、意外なところから人生への気づきが得られるかもしれません。

【筆者略歴】
高橋俊介(たかはし・しゅんすけ)

慶應義塾大学SFC研究所 上席所員
1978年東京大学工学部航空工学科を卒業し日本国有鉄道に入社。
1984年米国プリンストン大学工学部修士課程を修了し、マッキンゼーアンドカンパニ-東京事務所に入社。
1989年世界有数の人事組織コンサルティング会社である米国のワイアットカンパニーの日本法人ワイアット株式会社(現ウイリスタワーズワトソン)に入社。
1993年に同社代表取締役社長に就任。
1997年7月社長を退任。個人事務所ピープル ファクター コンサルティングを通じて、コンサルティング活動や講演活動、人材育成支援などを行う。
2000年5月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任。個人事務所による活動に加えて、藤沢キャンパスのキャリアリソースラボラトリーを拠点とした個人主導のキャリア開発や組織の人材育成についての研究に従事。
2011年11月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。
2022年4月より現職。

[主な著書]
『ホワイト企業 サービス業化する日本の人材育成戦略』PHP研究所(2021年12月)
『キャリアをつくる独学力 プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント』 東洋経済新報社(2022年8月)
ほか多数

◎ 株式会社 星和ビジネスリンク お問い合わせフォーム

◎ 星和ビジネスリンクは、現役世代が定年後の人生を豊かに過ごすための調査研究を行う機関として、「一般社団法人 定年後研究所」を設立しました。
定年後研究所のWebサイトはこちら

◎ 一般社団法人 定年後研究所 お問い合わせフォーム