今期4回目の配信となる、定年後研究所News Letterは、定年前後期のキャリアチェンジに失敗するひとの特徴を池口所長に考察していただきました。

大企業の中高年社員で「キャリアチェンジ」に失敗するひととは



 最近、企業の人事担当者から、立て続けに類似のご相談をいただいた。
 いわく、
「50代を対象に希望者制のキャリア研修を企画したが、手をあげる社員が少ない」
「再雇用以降のキャリア開発を促しても、自分の将来キャリアと向き合おうとしない」
「自身のキャリアと向き合うためにロールモデルを示したい」
「多様なキャリアを歩み、50~60代以降もイキイキと活躍を続ける社外のロールモデルに講演をお願いしたい」
「キャリアチェンジの成功例だけでなく失敗例も転ばぬ先の杖として示したい」
おおよそ、このような具合である。

 成功例のロールモデルについては、これまでにも定年後研究所で数多くの取材を実施し、当ニュースレター(2023.5.10号)や、拙書『定年NEXT』(廣済堂出版刊2022.4.27)でも紹介してきた。一概には言えないが、役職定年や再雇用への移行、早期退職勧奨などのキャリア上の転機や心の内面の葛藤を乗り越えてきたひとが、働く意味合いを見つめ直し、自分が提供できる付加価値や強みを言語化していく紆余曲折のプロセスを踏むことで、ようやく、新しい環境や異なったフィールドで必要とされる喜びを感じられるようになる。結果65歳以降もやりがいを持って仕事を続けている。というのが最大公約数的なシナリオと言える。

 一方、失敗例のロールモデルについては、取材対象を見つける困難性や、仮に見つけたとしても本心を語ってもらえない現実があり、小生も課題意識はあるもののインタビューはできていない。そこで、過去の先行研究を紐解いていくと、格好の書籍に出会うことができた。
『~成功・失敗100事例の要因研究から学ぶ~中高年再就職事例研究』(中馬宏之監修・キャプラン研究会編:東洋経済新報社 2003)。本書は、大手企業の中高年社員を対象に中小・新興企業への転職を促進するとの文脈の中で、当時のキャプラン研究会メンバー企業が、中高年社員のセカンドキャリアの成功を願って、各社で発生した成功例・失敗例を持ち寄り、その要因分析と普遍化にチャレンジした貴重な財産と言える。

 成功要因は紙面の関係で割愛するが、失敗要因も紹介している。本書では失敗要因を「キャリア要因」「人物要因」「意識改革要因」「受入会社要因」「(元)所属会社要因」に分類している。

 キャリア要因では、「自分の役割や職責の理解が不十分」「仕事の進め方の違いに馴染めない」「問題指摘が先行し、不評を買う」など、新しい職場に馴染むための本人の努力不足がうかがえる。

 人物要因では、「プライドばかり高く、謙虚さに欠ける」「心を開かない(逆に、心を開きすぎる)」「協調性・柔軟性に欠ける」など、そもそもの社会人としての基本姿勢に疑問符を付けざるを得ないものが挙げられている。

 意識改革要因では、「中小企業の現実が理解できない」「古巣との比較ばかりする」「プロパー社員との人間関係作りが不十分」など、意識の切替えができていない様子が見えてくる。

 また、本人の要因だけでなく、「求人姿勢がお手並み拝見的」「過剰な期待がある」「経営トップの個性が強い」などの受入会社に起因することや、「キャリアの棚卸が不十分」「事前教育不足(中小企業の特質など)」「人材の無理なはめ込み」などの(元)所属会社による要因も挙げられている。

 この本を読み進める中で感じたことは、これらの要因は、同じ会社内での人事異動での失敗要因と内容が酷似しているということ。例えば、本社の中枢組織から現場への異動に際して、「エリート意識が満々」「腰掛け意識が見え見え」の着任挨拶でいきなりひんしゅくを買うケースは、多くの読者にとっても既視感のある光景ではないだろうか。

 人事異動とキャリアチェンジが異なるのは、前者は同じ会社の中での失敗であれば、上司や人事部によるサポートや配属替えで修復も可能であること。しかし、中高年社員が人生をかけたキャリアチェンジで同じ失敗をすると取り返しがつかないことに発展するケースもあるだろう。

 冒頭で紹介したように、最近、セカンドキャリア形成も視野に入れた中高年のキャリア研修や面談に本腰を入れる企業が増えてきていると感じている。それ自体は、定年後研究所も賛成であるし応援したい。

 長年の功労者でもある中高年社員活躍とキャリア人生の充実を願われるのであれば、「研修や面談で得て欲しい気づき」を改めて整理し、自己理解作業や老後マネーのシミュレーションだけでなく、ロールモデルの設定や、自分を試し打ちする越境機会なども準備しておくと、本人が自身のキャリアビジョンを描きやすくなることを申し添えておきたいと思う。

【筆者略歴】
池口 武志(いけぐち・たけし)

一般社団法人定年後研究所 理事 所長
1986年 日本生命保険相互会社入社
本部リテール販売部門、人事、営業企画、契約管理、販売最前線等で長く管理職(部長、支社長など)を経験し、多様な職種の人材育成にかかわる。その間、オックスフォード大学 Diplomatic Studies修了。
2016年 研修事業も行う株式会社星和ビジネスリンクに出向
キャリア羅針盤の開発を統括。現在、同社取締役常務執行役員も務める。
2023年3月 桜美林大学大学院老年学修士課程修了
キャリアコンサルタント、消費生活アドバイザー、AFP、日本心理的資本協会理事、シニア社会学会会員
著書に『定年NEXT』(廣済堂新書 2022年4月)、『人生の頂点は定年後』(青春新書インテリジェンス 2022年10月)


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