星和ビジネスリンクでは、「定年後研究所」が発信する情報も併せてお届けしています。
本日は、定年後研究所 池口武志所長のコラムをお届けします。

定年前後期でのキャリアチェンジに成功する人とは?


 ロンドン・ビジネス・スクール教授のアンドリュー・スコットとリンダ・グラットンは著書『LIFE SHIFT2:100年時代の行動戦略』※の中で、「現状では、成功していたキャリアの幕を下ろしつつある人達が、他の分野で有意義な活動をしたいと考えても上手くいかず、途方もない才能の浪費が生じている」と、高齢社会での人材流動化の困難さを記している。日本でも、産業構造変化への対応や人材の有効活用の面から、「雇用の流動化」は社会的課題として認識が広がっているものの、個別企業単位では、定年前後期を迎えた人材を積極採用する会社は希少と言われている。

 一方で大企業の中高年会社員側も、キャリアチェンジ志向は決して高いとは言えず、
60歳を超えても同じ会社に留まる割合が高いのが現状である。ただ、「働きたいうちはいつまでも働きたい」と考える高齢就労者は4割を超えるとの調査結果(内閣府2018年)もあり、「定年」に縛られないセカンドキャリア・サードキャリア志向を持つ層は厚いと言えよう。
以上のことから、大企業の会社員が定年前後期に、成長領域・人材不足領域にキャリアチェンジを果たし、新しい環境下で活躍を続けることは、社会全体の活力向上のみならず、個人のやりがいあるキャリア形成面でも大きな意義があると考える。

 では、「大企業で終身雇用制度に守られながら、定年前後期でキャリアチェンジを果たし、その後も活き活きと仕事を続けている人」とはいったいどんな人であろうか? また、そのような人には何らかの共通点はあるのであろうか? そのような転進はスーパー資格ホルダーだけに開かれた道ではないのか? かくいう筆者も、この2月に還暦を迎え、65歳以降の生活や居場所に不安を感じる一人の会社員であり、当事者意識も相まって、折しも飛び込んだ「大学院の老年学研究科」の修士論文として、研究に着手したのが2年前である。当コラムではそのエッセンスを紹介しながら、定年前後期からのキャリア選択を考える視点を提示したい。

 約1年の先行研究レビューを経て、論文のテーマは、「定年前後期のキャリアチェンジの移行プロセスの解明 ―大企業のホワイトカラー職種の出身者を対象にして―」とした。研究方法は、質的研究法の中から、修正版グラウンデッドセオリーアプローチ(M-GTA)を採用した。これは、インタビュー協力者の語りの中から普遍性を持つ「概念」を抽出し、期待するアウトカムに至るまでの心理的プロセスの見える化と、その後の実践活用を目的とするものである。

 人縁で得た以下の属性に合致する11名の調査協力者に、「入社以来のキャリアの変遷」「キャリアチェンジの経緯」「現在の心境」などのインタビューを行い、修士課程2年目の1年を費やして、逐語録の作成→概念候補の抽出→ストーリーラインの作成を進めた。

<調査協力者>
(1)調査時点50~60代の男女 (2)日本の大企業に新卒入社 (3)ホワイトカラー職種として勤務 (4)50~60代でキャリアチェンジを経験。ちなみに業種は様々である(メーカー、銀行、保険、広告、運輸、放送など)。

[ストーリーライン]
分析結果として、【5つのカテゴリー】、《3つのサブカテゴリー》、<25の概念>が生成された。


【5つのカテゴリー】

詳細図版はこちら

 大企業に新卒入社し、ホワイトカラー職種として勤務してきた者は、50代に入り【キャリア上の外圧的イベントを経験・予見する】ことでキャリア路線に区切りをつけることを余儀なくされていた。会社では希望ポストに就けないことから、【これまでの会社人生の継続に迷いや不安を感じる】。このような迷いや不安を感じながらも、心の内面では【キャリアチェンジの移行プロセスが促進される】。この移行を支え、キャリアチェンジ以降の仕事人生の充実をもたらしていたのが、【仕事を通じて人材として高めてきた付加価値】であった。この付加価値を認識し、活かすことを通じて【新しい仕事価値観を獲得し、キャリアチェンジ以降、より充実した仕事人生を送ることが可能になった】。

 ちなみに11名の方はいずれもスーパー資格ホルダーではなく、大企業のメンバーシップ型雇用制度の中で、キャリア前半期は会社主導のローテーションを歩まれた方である。
 50代に差し掛かり、役職定年や早期退職勧奨、定年後再雇用でこれまでのキャリア路線との区切りを余儀なくされ、社内での役割・やりがいが見えにくくなると共に、将来のキャリア展望に不安を抱くこととなる。まさに、多くの企業が指摘する「中高年社員のモチベーション問題」とも相通じる葛藤が観察された。

 ここで、彼・彼女らは、「外からの刺激」を受け、働く視界が広がったり、視座が転換したりすることになる。外からの刺激は各様であるが、不安や悩みが深い人ほど、充実感への渇望からプランドハプンスタンスセオリーが観察された。ただ、一直線でキャリアチェンジに進むのではなく、家族の反対なども含めて離職への逡巡が見られた。
 この逡巡に区切りをつけるのが、長年の仕事体験を通じて培った基本スタンスや、汎用的な能力・スキル、ネットワーキング力、主体的な仕事スタイル志向など、人材としての付加価値である。キャリアチェンジを果たした後は、新しいフィールドで必要とされる充実感や、強みを活かせる仕事から醸成される更なる学習意欲、社会や後進への強い貢献志向が観察された。

 実際は、冒頭述べた通り同じ会社に留まる人が多い中で、キャリアチェンジを果たす人との分岐点は「やりがいある役割」を社内に見出すか否かにあるように感じる。また、定年前後期の転職で失敗する人もいる中で、成功と失敗の分岐点は「大企業意識からの切り替え」や「相手目線に立てる柔軟性、ふところの深さ」「学びの意欲」にあるように感じた。この点は、追加研究テーマとして掘り下げてゆきたい。

 最後に、11名の方の「衰えない学習意欲」に接すると、昨今議論が盛んな「リスキリング」に関しても、会社のお仕着せではなく、本人の主体性に、更には自らのキャリアビジョンに基づいて支援するべきではないかと考える。また、企業は役職定年等の節目で「長いタームでのキャリアビジョン」を考える機会を提供する必要性も感じたことを申し添えておきたい。

 尚、当コラムで一端をご紹介した「研究論文」にご興味がある方、当コラムへのご意見ご助言は「定年後研究所」ホームページのお問い合わせからご連絡いただければ幸甚です。

※『LIFE SHIFT2: 100年時代の行動戦略』
 アンドリュー・スコット/リンダ・グラットン(著)/池村千秋(訳)
 東洋経済新報社(2021年10月29日)

【筆者略歴】
池口 武志(いけぐち・たけし)

一般社団法人定年後研究所 理事 所長
1986年 日本生命保険相互会社入社
本部リテール販売部門、人事、営業企画、契約管理、販売最前線等で長く管理職(部長、支社長など)を経験し、多様な職種の人材育成にかかわる。その間、オックスフォード大学 Diplomatic Studies修了。
2016年 研修事業も行う星和ビジネスリンクに出向
キャリア羅針盤の開発を統括。現在、同社取締役常務執行役員も務める。
2023年3月 桜美林大学院老年学修士
キャリアコンサルタント、消費生活アドバイザー、AFP、心理的資本協会理事、シニア社会学会会員
著書に『定年NEXT』(廣済堂新書 2022年4月)、『人生の頂点は定年後』(青春新書 2022年10月)

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