第3回 知識人から思想家になる

 中高年から高齢になるにあたって、身体の機能への不安もさることながら、知的機能を保っておきたいという欲求も多くの人がお持ちだろう。

 私は高齢者専門の精神科医をやり、多少なりとも脳機能の研究をしている上に、長年、受験勉強法の本を出し続け、教育産業にもかかわってきたので、定年後とか高齢者の勉強法について問われることが多い。

 このようなテーマで『思考の整理学』(ちくま書房・1983年)の著者であり、90代になっても現役で言論人を続けておられた故外山滋比古先生と対談する機会があった。

 その時に編集者が「今日は定年後の勉強法について」と口にしたとたん、外山先生は「定年後に勉強なんかしちゃいかん」と返された。

 一同、キョトンとしたわけだが、外山先生の真意は、読書をするなどインプット型の勉強をするのではなく、人と話したり、ものを書いたりして、アウトプット型の勉強をしなければいけないということだった。

 実際、外山先生は96歳で亡くなる間際まで、仲間を集めて、好きなことを言い合う「勉強会」を続けていたそうだ。

 このやり方は中高年以降、とくに定年後や老後の勉強法としては、理にかなっている。
 連載一回目でも問題にしたが、人間の脳で最初に老化し、機能が低下するのは前頭葉と言われる部分だ。

 歳をとっても難しい本が読めるように言語を司る側頭葉の機能は意外に衰えない。
計算やパズルに対応する頭頂葉の機能も多少は衰えるが、それでも大したことはない。

 前頭葉の機能が衰えると日常生活がルーティン化したり、感情のコントロールが難しくなったり、意欲が衰えたりする。

 前頭葉機能の老化予防の方法は、連載1回目の「前頭葉が衰える前に準備をする必要性」でも触れたが、もう一つのポイントはアウトプットなのだ。

 インプットの際は側頭葉を使うが、アウトプットの際は前頭葉を使うということだ。

 たとえば、難しい本の内容もインプットして知識を高めようという際には側頭葉を使うと考えられている。

 ところが、その内容を人に話すなり、ブログに書くなりしてアウトプットする時には前頭葉を使うのだ。

 そういう意味では、本を読むより、読んだ内容をアウトプットすることが前頭葉が衰える中高年以降には望ましい勉強法となる。

 認知心理学の世界では、脳に入力され使えるようになった情報を知識と言う。

 知識人という言葉があるように、この国ではこの知識が豊富な人が長年賢いとされてきた。今でもクイズ番組に強いタレントなどが賢いと言われることが多い。

 ただ、ITの時代になって明らかにこの知識の価値が下がっている。
こちらが勉強してきた知識を披露しても、目の前でスマホを使って検索されるとそれ以上の情報がすぐに手に入ってしまう。
いくら知識が豊富でも、話の面白い人とか魅力的な人とは映らないのだ。

 さて、この認知心理学では、知識をあれこれと加工して問題解決を行うとされている。

 この加工のプロセスが推論と呼ばれる。
そしてこの問題解決の能力が思考力と考えられている。

 クイズ番組に強い漫才師がいれば賢いと言われることが多いが、その知識を使って本業の面白い漫才をやるという問題を解決する能力がなければ、認知心理学では賢いとみなされない。

 私の見るところ、これからの時代、「賢い」と思われると同時に「面白い」、あるいは「魅力的だ」と思われるのは、この思考がうまくできる人=思想家なのだろう。

 単に知識を得ることに満足するのではなく、そこからあれこれと考えてみるのだ。

 たとえば、日本にしてもアメリカにしても直接税が高かったころのほうが景気はよかったという話を聞いたとしよう。

 第二次世界大戦を終わらせたトルーマン大統領は、経済音痴と言われていた。
しかし、冷戦で勝たないといけないから、金持ちから金を取ろうということで最高税率をなんと90%以上に引き上げた。

 すると金持ちも高額報酬を求めなくなり、従業員に給料を払うようになった。
そしてそれがアメリカに分厚い中流階級を生み出し、家電や自動車産業が勃興し、世界が憧れる中流社会となった。

 日本も戦後長らく最高税率88%(地方税と所得税を合わせて)だったが、そのころに高度成長をなしえた。

 そういうことから世間の常識とは逆に税金を上げた方が景気はよくなると考えてみる。

 金持ちのやる気がなくなるというが、金持ちと貧乏の差が小さい方が貧しい人のやる気が出るかもしれない。マラソンでも前の人の背中が見える方が頑張れる。

 あるいは、ただ税金を増やすのではなく経費を認めたら金を使うのではないかと考える。

 このように何かを知ったら、そこからあれこれ考える思想家になることができれば、検索して出てくる知識とは違うから人が話を面白がって聞いてくれる可能性は高まる。

 これを長年の習慣にしていけば、話の面白い人になれるだろうし、歳をとってからも人が寄ってくる可能性が高まる。

 さらに言うと、このように既存の知識を新奇なものに変える作業で前頭葉も鍛えられる。
 長寿時代の中高年の備えとして、知識人から思想家を目指すことをぜひお勧めしたい。

【筆者略歴】
和田秀樹(わだ・ひでき)
和田秀樹こころと体のクリニック院長、精神科医。
1960年大阪市生まれ。
1985年東京大学医学部卒業。
1988年に日本に3つしかない高齢者専門の総合病院浴風会病院勤務以来、30年以上にわたって高齢者医療にかかわる。

 教育関連、受験産業、介護問題、時事問題など多岐にわたるフィールドで精力的に活動し、テレビ、ラジオ、雑誌など様々なマスメディアにもアドバイザーやコメンテーターとして出演。

 現在、国際医療福祉大学大学院赤坂心理学科特任教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック(アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化したクリニック)院長などを務める。

【著書】
『40歳から一気に老化する人、しない人 ─足りないものを足す健康法のすすめ』(プレジデント社 2022年)、『「感情の老化」を防ぐ本』(朝日新聞出版 2019年)、『年代別 医学的に正しい生き方─人生の未来予想図』(2018年 講談社)、『五〇歳からの勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2016)他多数。

和田秀樹 著書


◎ 星和ビジネスリンクは、現役世代が定年後の人生を豊かに過ごすための調査研究を行う機関として、「一般社団法人 定年後研究所」を設立しました。
定年後研究所のWebサイトはこちら

◎ 一般社団法人 定年後研究所 お問い合わせフォーム