ミドルシニアの羅針盤レター
2025#4 |
第4回:3人一組の対話設計とミドルシニアの変容
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トレスペクト教育研究所の宇都出雅巳代表に、キャリア自律における「聞く」ことの重要性について語っていただきました。
全4回シリーズの最終回です。 |
これまで3回にわたって、「聞かれる」ことによるミドルシニア層の変容の可能性に焦点を当ててきました。深く「聞かれる」ことで、愚痴や不平といった「泥水」のような本音から、「実は、わたしは~したかったんだ」という本心、そして「わたしは~をやるぞ」という本気の「清水」へと変容していくのです。これがキャリア自律の起点となる内省の始まりです。
こうした深く「聞かれる」体験を通じて、「聞く」ことの価値を体感し、「自分も誰かをこんなふうに聞いてあげたい」という自然な欲求が生まれるのです。
そして、連載最終回となる今回は、「聞く力」を集合研修の場でいかに身につけていくかについて解説します。
■ピアトゥピアが作り出す安心安全な場──ただし「意識の矢印(→)」とセットで
集合研修で「聞く力」を効果的に育成するには、参加者が安心して話せる環境が不可欠です。
コーチングにおいて、「何を言っても大丈夫」という関係、安心安全な場ができることで、クライアントは安心して「意識の矢印(→)」(以下「→」)を自分自身に深く向けることができます。安心安全な場でないと、コーチが「→」を相手に向け続け、人に焦点を当てて聞こうとしても、クライアントは事柄レベルにとどまり、「→」も自分自身に深く向けていきません。関係性の質、安心安全な場であるかどうかが、話し手の「→」の深さや人に焦点を当てて聞くことの効果を左右するのです。
このための一つの仕掛けが、ピアトゥピア──同じ立場の人同士による対話です。
なぜ、ピアトゥピアだと安心安全な場になりやすいのか。それは上下関係・評価関係のない対等性が生む安心感があるからです。さらに、第3回で取り上げた動機づけ面接(MI)の聞き方──「質問よりも聞き返しを重視する」姿勢を取り入れると、安心感を一層高めます。相手の語った言葉を評価や判断を挟まずにそのまま返すことで、「聞いてもらえた」「わかってもらえた」という感覚が育まれ、ピアトゥピア同士の信頼関係がより深まるのです。
しかし、同時に注意すべき落とし穴もあります。対等な関係で安心安全な場は、単なる愚痴の言い合いや、お互いが「わかったつもり」になってしまう危険があるのです。
たとえば、「もうこの年齢でキャリアチェンジは無理ですよね……」「そうですよね……」——お互いの「→」が自分自身にだけ向いて、互いにうなずき合うだけの“共感の応酬”が続くと、対話はそこで止まります。
だからこそ、「→」を相手に向け続けるという聞き方が、ピアトゥピアの場とセットになることが重要なのです。同じ立場だからこその安心感を活かしながら、同時に「→」を相手に向け、人に焦点を当てて聞くことで、表面的な共感を超えた深い対話が可能になります。
■3人一組の威力──なぜオブザーバーが学習効果を高めるのか
「聞く力」を集合研修で効果的に育てるうえで、重要な仕掛けがもう一つあります。それは、3人一組での対話設計です。
これは、話し手・聞き手に、それを観察するオブザーバーを加えた3人で行うものです。「聞く」「聞かれる」体験は2人1組でも行うことは可能ですが、オブザーバーという役割を経験することで学習効果が飛躍的に高まるからです。
「→」という概念自体は非常にシンプルで、理解しやすいものです。しかし、それを実際に相手に向けて聞くことは簡単ではありません。自分の注意がどこに向いているかを自覚しながら、同時に相手の話を聞くという、二つの作業が求められるからです。このため、聞き手の中には最初のうちは混乱する人もおり、2人だけでは「聞く」ことの学習効果が十分に得られません。
しかし、ここにオブザーバーが加わると状況は一変します。
オブザーバーは、対話に直接参加しない立場、いわば、気楽な立場にいます。だからこそ、聞き手の「→」が相手に向いている瞬間と、自分の記憶に引っ張られて自分に向いてしまう瞬間を、手に取るように観察できるのです。
「あ、今、聞き手の方の表情が変わった。何か自分の体験を思い出している」「話し手がまるで独り言のように話している。→が自分に深く向いているんだ」──こうした当事者では気づけない第三者の視点で捉えることができます。
実際、研修参加者の多くが「オブザーバーを体験して初めて『聞く』ということがわかった」と振り返ります。オブザーバーという「気楽な立場」であるからこそ、冷静に観察し、深く学ぶことができるのです。
このように、オブザーバー・聞き手・話し手の3つの役割をくり返し体験することで、『聞く力』をだんだんと身につけていくのです。
■ミドルシニアならではの「聞く力」とは何か
では、こうしてミドルシニアが「聞く力」を身につけると何が起こるのでしょうか。
ミドルシニアはこれまでに多くの経験、知識を蓄えているがゆえに、「→」が自分に向きやすく、それが「聞く」ことを阻害しています。しかし、研修を通して「→」を相手に向け続けることができるようになると、その経験、知識が強みに転換するのです。
多くの経験、知識があるからこそ、相手が話す内容に動揺することなく、安定した心持ちで聞き続けることができます。部下が失敗談を語っても、「そういうこともあるよね」という受容的な姿勢を自然に示せます。
ミドルシニアが「聞く力」を身につけることで、部下や後輩が安心して相談できる存在へと変化します。そして、相手が真に必要とするタイミングで、相手の文脈に合わせて経験や知識を伝えることができるようになります。これこそが真の意味での「叡智の継承」であり、ミドルシニアが自らの豊富な経験を活かした新しい役割を見出し、持続可能なキャリア自律を実現する道筋となるのです。
■最後に
4回にわたる本連載を通じて、私がお伝えしたかったのは、「聞く」という営みが持つ変容の力です。ミドルシニア層の「内なる停滞」を突破し、真のキャリア自律を実現する──その出発点が「聞く」「聞かれる」ことにあること。ミドルシニア自身が「聞く力」を取り戻し、組織の貴重な資源として、そして叡智の継承者として再び輝くことができるのです。
【筆者プロフィール】
宇都出 雅巳(うつで まさみ) トレスペクト教育研究所 代表 東京大学経済学部、ニューヨーク大学スターンスクール(MBA)卒。東洋経済新報社、コンサルティング会社、シティバンク銀行を経て、2002年にトレスペクト教育研究所を設立。以来20年以上にわたり、1対1のコーチングならびにコーチング研修、マネジメント研修に従事し、10,000人を超えるビジネスパーソンと向き合う。2007年、国際コーチ連盟認定PCC(プロフェッショナル・サーティファイド・コーチ)取得。コーチングに加え、さまざまな心理療法、認知科学の知見も生かした独自の「聞き方」を提唱。著書は『絶妙な聞き方』(PHP研究所)、『仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方』(クロスメディア・パブリッシング)など25冊を超える。訳書に『コーチング・バイブル―人の潜在力を引き出す協働的コミュニケーション』(共訳、東洋経済新報社)、『応用インプロの挑戦―医療・教育・ビジネスを変える即興の力』(共訳、新曜社)がある。 |
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